ジェータヴァナにおける慣習をめぐる額縁の物語
パーリ聖典の本生譚第155番は、今日もなお人々のあいだに息づいている一つの慣習の起源を説き明かす。ある日、ジェータヴァナの近くで説法しておられた仏陀がくしゃみをなさると、周囲の比丘たちが一斉に「長寿を」と声を上げ、そのざわめきで説法が中断された。仏陀は、そうした言葉によって人の生死が少しでも左右されるのかと問い、比丘たちにその言葉を口にすることを禁じられた。しかし在家の人々は、比丘がくしゃみをするたびに長寿を祈り続け、比丘は遠慮から返事をしなかったので、人々は不満を抱いた。仏陀は、一般の人々はそのような信仰を持つものであると述べ、比丘たちに「あなたにも同じく」と答えることを許された。そして、このやりとりがどのように始まったのかを、次の物語で語られた。
律師と息子がベナレスに着く
ベナレスの王ブラフマダッタの治世に、菩薩はカーシー国で律師の息子として生まれた。少年が十六歳ほどの頃、父とともに高価な宝石を携えてベナレスへ旅をした。二人は日が暮れてから町に着き、城内で宿を得ることができず、城壁の外にある一つの建物を教えられた。町の人々は、そこには夜叉が住んでいると警告したが、父はそこに泊まることに決め、息子もそれに従った。
奇妙な条件に縛られた夜叉
そこに住む夜叉は、大きな害をなしうる強大な自然霊であった。彼は夜叉の主ヴェッサヴァナに十二年のあいだ仕えた見返りとして、その建物に入る者を誰でも喰らう権利を得ていた。ただ一つの例外は、くしゃみをした者が長寿を祈られ、その祝福に同じように応えた者である。その礼儀を欠いた者は、夜叉の餌食となった。
真夜中のくしゃみ
父は長椅子に横たわり、息子は父の足をさすっていた。静寂の中、夜叉が巻き上げた埃が老人の鼻に流れ込み、ガッガはくしゃみをした。息子は自分の仕事に没頭していて、何も言わなかった。
息子が危険に気づくまでの間
たちまち夜叉は、長く待ち望んだ条件が満たされたと確信して、父のほうへ降りてきた。夜叉が距離を詰める前に、菩薩の心は澄み渡り、この廃屋での沈黙が父にどれほどの代償を強いるか、そしてくしゃみがなぜ起きたのかを理解した。
間に合って告げられた祝福
菩薩は父の上に祝福の偈を唱え、長寿を願い、父を喰らおうとする鬼から守られるように祈った。夜叉は、父を祝福した息子を食べることはできないと考え、父のほうに向き直った。ガッガは危険を察し、息子が見たものをすぐに理解して、その祝福を息子に返す偈で答えた。夜叉はその場で動きを止めた。その唯一の条件は両方向で満たされ、二人の旅人に対して彼にはもはや何の主張も残らなかった。
戦わずして説き伏せられた夜叉
逃げるのではなく、菩薩は夜叉に問いかけ、夜叉は自らが得た特権を説明した。菩薩は、他者を喰らって生きる者を待ち受ける苦しみについて語り、その先に地獄が待っていると警告した。夜叉は、害を与えない生き方の五戒を受け入れ、菩薩の従順な従者となった。翌日、王がこれを聞くと、若者を軍の司令官に任じ、父を敬い、夜叉を徴税官に任命した。夜叉は戒を守り、布施を行い、やがて天界に生まれた。
一つの呼吸がすべてを決めかけた理由
この物語が心に残るのは、救いと破滅を隔てていたものがいかに小さかったかにある。一度のくしゃみ、一瞬の無防備な沈黙、そして間一髪で発せられた数語が、夜叉が十二年待ち続けて開いてほしかった、まさにその隙間を塞いだのである。旅人たちはこの建物について警告を受けていたにもかかわらず、そこに泊まった。危険を見抜き、間に合うように応じることができたのは、菩薩自身の鋭敏さと素早い応答だけであった。
仏陀による同定
物語の結びで、仏陀は王をアーナンダ、父ガッガを弟子のマハー・カッサパと同定し、自分自身がその機転の利く息子であったと宣言された。ある伝承では、夜叉はアングリマーラとされる。この物語は、くしゃみに祝福を交わす習慣がどこから始まったのかを示しており、だからこそ仏陀は、比丘がくしゃみに祝福を与えることを禁じながらも、「あなたにも同じく」と答えることは許されたのである。
ご存知でしたか?
菩薩は機知(パティバーナ)による智慧波羅蜜を示し、古い迷信的な罠を智慧の勝利へと転じた。
この物語は、くしゃみをした者に「ジーヴァ!」(長寿であれ!)と祝福を述べる伝統的な仏教の習わしの、経典上の起源となる物語である。
ドゥカニパータに第155番のジャータカとして記録され、倫理的な誓約と天の法則がいかに念をもつ者を悪魔的な害から守るかを示している。
ヤッカの平和的な改心は、どれほど凶暴な超自然的存在であっても法によって調御できるという仏教の教えを際立たせている。
仏陀は父ガッガを自らの弟子マハーカッサパであると明かし、二人を救った機知に富む息子こそ自分自身であったと宣言された。
