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Embroidered artwork for ハリタマータ本生譚:傷ついたミズヘビへの緑の蛙の答え: Embroidered Buddha seated in meditation on a pink lotus, with a golden dharma wheel and a white stupa in the mountains

ハリタマータ本生譚:傷ついたミズヘビへの緑の蛙の答え

漁師の罠の中で魚を狙っていた水蛇は、罠の中の魚に噛まれて傷を負い、そこから這い出します。魚たちがその蛇を殺す前に、緑の蛙が、なぜ狩る者が狩られる者となったのかを説き明かします。

ジャータカ物語仏陀般若(智慧)

気まぐれな王をめぐる枠物語

パーリ聖典の第239番の本生は、ブッダがアジャータサットゥ王について説かれたものです。王は父の王位を奪った後の年月において、叔父であるコーサラ国王との長い対立の中で、喜びと絶望の間を激しく揺れ動いていました。勝利と敗北の間のこうした激しい揺れが世にとって新しいことではないと示すために、ブッダは川に伝わる古い物語を思い起こさせました。それは、同じ教訓を気分の変化よりもはるかに大きな代償を払って学んだ、ある蛇の物語です。

蛇ではなく魚のために仕掛けられた罠

漁師たちが獲物を捕らえるために籠を仕掛けていた川辺で、一匹の水蛇が、罠の中に魚が集まっているのに気づきました。蛇は、籠の緻密な編み目からたやすくは逃れられない生き物から、手軽な食事を得ようと、漏斗のような形の入口から魚たちの後を追って入り込みました。

狩人は自分が取り囲まれていることに気づく

中に入ると、蛇は魚たちが、閉じ込められた状況が示すほど無力ではないことを知りました。逃げ場のない所に密集した魚たちは、自分たちを食べ尽くそうとしてやって来た捕食者に襲いかかりました。何度も何度も蛇の体を噛んだので、血にまみれた蛇は、ほかに出口を見つけられず、罠の入口からすべり戻り、水辺で苦しみながら横たわりました。

罠の入口にいる緑の蛙

その時、後に菩薩となる緑の蛙が、同じ罠の入口に飛び込んできました。ほかに頼るものもない蛇は蛙に呼びかけ、魚たちが自分にしたことを蛙が是認するかどうかを尋ねました。蛇は、自分は毒蛇であるにもかかわらず罠に入ってしまったのだと言い、蛙が小さな魚に噛まれる自分を見て喜んでいるように見える、と訴えました。

一つの平明な真理にもとづく答え

蛙は、そうです、自分は喜んでいる、そしてなぜ喜んではいけないのか、と答えました。もし蛇が彼らの水で魚を食べるなら、蛇が彼らの水に入ったときには魚が蛇を食べるでしょう。どんな生き物も、自分の場所、自分の土地、自分の餌場においては弱くはありません。蛙は一つの偈で、人は利益がある限り奪い続けるが、ほかの者が奪いはじめると、奪う者自身が奪われる者となる、と付け加えました。

魚たちが敵を捕らえる

菩薩である蛙は、それ以上何も言わず、ただ見守りました。魚たちは蛇の弱さを見て、「さあ、われらの敵を捕らえよ!」と叫び、罠から出てきました。彼らはその場で蛇を殺し、去っていきました。蛇は同情も救いも受けませんでした。ほかの者に与えた害は、自分が狩人だと思っていたまさにその場所で、彼自身に返ってきたのです。蛙の二つの答え、一つは平易な言葉で、もう一つは偈で、同じ教えを二つの側面から示しています。力は場所と時に属するものであり、自由に奪う者は、形勢が逆転したときに容赦を求める資格はないのです。

枠物語が一匹の蛇ではなく一人の王に当てはまった理由

ブッダは竹林精舎で、アジャータサットゥ王についてこの物語を語られました。アジャータサットゥは父ビンビサーラを殺害した後、母の生活の支えであったカーシーの村をめぐって、叔父であるコーサラ国王と行きつ戻りつの戦いを繰り広げました。勝利すれば凱旋の行列を率いて帰国し、敗北すれば密かに帰国しました。比丘たちは法堂でこのことを話題にし、ブッダは、アジャータサットゥは今生においても前世においても、勝利には有頂天になり、敗北には惨めになってきた、と告げられました。それからブッダは罠の物語を語り、比丘たちが、一人の王の一時的な気分だけでなく、その型そのものを自ら見ることができるようにされました。勝利における歓喜と敗北における苦悩は、同じ過ちの二つの顔でした。すなわち、その瞬間の優位が続くと思い込むことであり、罠の中の蛇の運命は、そのような過ちがどこへ至りうるかを示していたのです。

ブッダによる同定

物語の終わりに、ブッダは水蛇を王アジャータサットゥと、緑の蛙を自分自身と同定されました。罠の入口で蛙が説いた教え、すなわち奪う者は自分の番になれば奪われる、という教えは、戦における王の運命にも、混み合った罠を簡単な食事と見誤った蛇の運命にも、まったく同じように当てはまったのです。

ご存知でしたか?

力を失った者が、かつての部下からさえ日常的に害を受けるという、厳しい社会の現実を露わにしています。

捕食者と獲物の関係を逆転させ、世俗の権力の絶対的な無常を示しています。

逃れられない逆境に囚われたとき、忍耐(カンティ)の徳を強調しています。

この本生に名を与えたのは、穏やかな知恵をもつ緑の蛙ハリタマーターであり、水蛇ではありません。水蛇は漁師の罠に攻撃者として入り、最後には魚に殺されます。

ただ知覚された力のみに基づく世俗の尊敬の移ろいやすさをめぐる、古典的な寓話の型を凝縮しています。

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