布の兆しを読んだバラモン
師は竹林精舎で、布切れから引き出される占いに長けた一人のバラモンについて、この物語をお説きになった。伝承によれば、このバラモンはラージャガハに住み、誤った見解をもち、三宝(仏陀、その教え、そして比丘の僧団)を信じていなかった。彼は富裕で、裕福であった。パーリ聖典のジャータカ註釈は、この物語を第87話、マンガラ・ジャータカとして記録している。
齧られた衣
雌のネズミが、彼の家の櫃に入れてあった一着の衣を齧っていた。ある日、沐浴の後で彼がその衣を求めると、損なわれたことを知らされた。彼は、その衣が家に残れば不運をもたらすと考えた。その衣を身につけた者は周囲のすべてに不幸をもたらすので、子どもにも召使いにも与えることはできないと決めた。また、召使いがその衣を手元に残して家を破滅させるのではないかとも恐れた。
墓地へ送られた息子
バラモンは、息子がその衣を墓地へ運び、捨ててこなければならないと決めた。彼は息子に、手で触れることなく棒の先で運び、戻る前に全身を洗うようにと告げた。その朝、夜明けに、師は誰を真理へ導けるかを見渡された。師は、父と子が解脱を得る定めにあることを見て取られた。師は猟師の姿をとって墓地へ行き、その入り口に座られた。
師が衣を取り上げる
若いバラモンはまもなく到着し、まるで家蛇ででもあるかのように、棒の先に衣をぶら下げて運んできた。師は、何をしているのかと尋ねられた。青年は、この衣はネズミに齧られており、不運そのもののようなものだと答え、父に捨てるよう言われたのだと語った。師は、それを投げ捨てるようにと告げられた。青年がそうすると、師は青年の目の前でそれを拾い上げ、きっと自分によく似合うだろうと仰った。そして、青年の真剣な忠告を退けて、竹林精舎の方へ戻っていかれた。
父の動揺
若いバラモンは走って家へ戻り、父に告げた。父は、その衣は呪われており、賢者ゴータマでさえそれを身につければ破滅を免れないだろうと考えた。彼はまた、自分にふりかかる悪評も恐れた。彼は、ほかの多くの衣を賢者に与え、あの衣は捨ててほしいと頼むことを決意した。息子とともに、多くの衣を携えて竹林精舎へ行った。
迷信に対する出家の答え
バラモンは、師が墓地で一着の衣を拾い上げたというのは本当かと尋ねた。師は、そのとおりだと答えられた。バラモンは、その布は呪われており、彼を破滅させるだろうと警告し、代わりに別の衣を差し出した。師は、自分は世を捨てた身であり、道端、沐浴場、塵捨て場、墓地から拾った襤褸で満足していると答えられた。それから、バラモンに、過去においてもまた今においても、この迷信を抱いてきたのだと告げられた。バラモンの求めに応じて、師は古い物語を語られた。
王の庭園の行者
かつてマガダ国のラージャガハには、正しい王が統治していた。その頃、菩薩は北西の地のバラモンとして生まれた。成長すると、彼は行者として出家し、明と解脱(修行によって得られる神通と禅定の境地)を得て、ヒマラヤへ赴いた。帰還すると、王の遊園にとどまり、王は宮殿で食事をとるよう招いた。こうして菩薩は園に住み、宮殿で食事をとった。
同じ布、同じ恐れ
その町には、布の兆しを読む者として知られるバラモンが住んでいた。彼もまた、ネズミに齧られた衣の櫃をもっていた。前の物語とまったく同じことが起こった。息子が墓地へ向かったとき、菩薩が先に到着し、門のそばに座った。彼は若いバラモンが捨てた衣を拾い上げ、園へ戻った。老バラモンは、それは王の行者の死をもたらすだろうと泣き叫び、それを捨ててくれるよう懇願した。
行者の答え
菩薩は、墓地に捨てられた襤褸で自分には十分であると答えた。そして、幸運をめぐる迷信は、仏陀も、独覚(パッチェーカ・ブッダ、自ら覚りを得て他者に教えない者)も、菩薩も認めないものであり、自分はそれを信じていないと言った。だからこそ、と彼は付け加えた。賢い者は誰も、幸運を信じる者であるべきではない、と。その真理を聞いて、バラモンは誤りを捨て、菩薩に帰依した。菩薩は智慧を損なうことなく保ち、梵天界に生まれ変わった。
師の詩節
この物語を語り終えると、師は一つの詩節でバラモンを教えられた。兆し、夢、そして前触れを捨てる者は、迷信の誤りから解放され、対になった悪徳と執着を、時の終わりまで打ち破るであろう、と。それを説かれたのち、師は四聖諦を教えられた。最後に、そのバラモンと息子は初果に至った。
仏陀による前世の特定
師は、現在の父と息子が、あの昔の時代にも父と子であったと明かして、その生の因縁を示された。ご自身は、その行者であったと仰った。
兆しを超えて残る教え
この物語は、ただの物に対する恐れが、やがて一つの家を支配するまでに育ちうることを示している。その布には力などなかったが、家族はそれを追い出し、触れた後に身を清め、賢者をそれから守ろうとした。師の静かな答えは、二つの生にわたって繰り返され、布をただの布として扱っている。第87話で大事なことは、襤褸が称賛に値するということではない。兆しから解き放たれた心は、不必要な恐れからも解き放たれているということである。同じ自由は、自らが何を恐れているかを注意深く見つめる者なら誰にでも開かれているのである。
ご存知でしたか?
ジャータカ第87話はマンガラ(吉兆・めでたい兆しの意)で、ラージャガハ近くの竹林精舎で説かれた。
この話のバラモンは「布の占い師」と呼ばれていた。布切れから吉凶を占う技術に長けていると自称していたからである。
師は狩人の姿で墓地に赴き、若いバラモンが投げ捨てた布を拾い上げた。
過去の話では、菩薩は王の遊園に住む修行者であり、同じ布を同じように手に取った。
師の偈は、吉兆・夢・相を捨てる者は迷信の過ちから解き放たれると説く。
