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Embroidered artwork for ナーマシッディ本生譚:名はただの仮名にして行いこそが人を作る: Embroidered Buddha seated in meditation on a pink lotus, with a golden dharma wheel and a white stupa in the mountains

ナーマシッディ本生譚:名はただの仮名にして行いこそが人を作る

「パーパカ(悪童)」という自らの名を恥じた青年が、縁起の良い名を求めて旅に出た。旅先で「生者」の死、「富の守護者」の貧困、「道案内」の迷いに出会い、名前は単なる約束事にすぎず、人の価値は行いによって定まると悟る。

ジャータカ物語仏陀般若(智慧)

自分の名を嫌った比丘をめぐる導入の物語

パーリ聖典の本生譚第97話は、釈尊によってパーパカという名の比丘について語られたものである。その比丘は、「卑しい」を意味する僧名を与えられたことに不満を抱き、より良い名を授けてほしいと望んでいた。名がそれを負う者の価値を一度たりとも定めたことはないことを示すために、釈尊は、まさに同じ名と同じ不満を抱いていた、ある昔の学生の物語を語られた。

タッカシラの名高い師

その前世において、菩薩はタッカシラの学堂で名高い師となり、国中の王宮や商人の家から学生を集めて教えていた。その弟子の中に、聡明で勤勉な若者がいた。その両親は、村の素朴な慣習に従って、彼をパーパカ(「卑しい」の意)と名づけていたのである。

嘲りだけを招いた名

パーパカの仲間の学生たちは、この不幸な名をあらゆる機会にとらえ、彼が廊下を通るたびに「邪悪な者」「悪しき者」と呼びかけた。時が経つにつれ、若者は、この受け継がれた一つの言葉こそが、自分自身と、さもなければ得られたかもしれない未来の幸福や尊厳との間に立ちはだかる真の障害なのだと信じるようになった。

より良い言葉を世界に求める旅の願い

パーパカは菩薩のもとへ行き、より気高い名を見つけるまで旅に出ることを許してほしいと請うた。そうすれば、師は生まれて以来背負ってきた名に代えて、その新しい名を正式に授けてくれるだろうと考えたのである。菩薩は異議を唱えることなく同意し、ただ、自由に歩き回り、普通の人々の暮らしを観察し、道中で心にかなう名を選ぶようにと告げた。

生者と呼ばれた死者

旅の途上、パーパカは辺境の町で葬列に出会い、死者がジーヴァカ(「生者」の意)と名づけられていたことを知った。彼は、生者と名づけられた人がどうして死ぬことがあるのかと驚いて尋ねた。すると、哀悼する者の一人が率直に答えた。名とは便利な呼び名にすぎず、死の手を止める力などまったく持たない。死はジーヴァカにも、ほかの誰にも等しく訪れるのだ、と。

財の守護者と呼ばれた召使い

さらに商人の街へと歩を進めたパーパカは、ある富裕な男が、わずかな借金を返せなかった召使いの娘を打つのを見た。そして、その娘がダナパーリ(「財の守護者」の意)と名づけられていることを知った。それほど豊かな名が、わずかな金銭のことで打たれる者に付けられていることに彼は驚いた。すると、名は穀物を買うことはできない、財を生むのは音としての名ではなく、徳と正直な労働なのだと、そっけなく告げられた。

自らの道を見失った道案内人

さらに森の奥で、パーパカは困惑して泣いている旅人に出会い、その迷った男がパンタカ(「道を導く者」の意)と名づけられていることを知った。道を見つけることに長けているとして名づけられた人でさえ、ほかの誰とも同じく容易に自らの道を見失いうるのだと、パーパカは突然の明晰さをもって悟った。

学んだ教訓を携えての帰郷

パーパカはそれ以上探し求めることなく、タッカシラへ引き返した。菩薩の前にひれ伏し、見てきたすべてを打ち明けた。生者が死んでいたこと、財の守護者が召使いの身に落とされていたこと、道案内人が茂みの中で途方に暮れていたことを。名とは日常の言葉の上の約束事にすぎず、人がまことに何者であるかを決めるのは、人格と行いだけなのだと、彼は理解するに至っていた。

釈尊による前世の同定

物語の結びにおいて、釈尊は、目の前の不満を抱いた比丘を、昔の物語にいた、まさにその学生と同定された。二人のパーパカは、同じ教えを二度語ったものにほかならない。生まれたときに与えられた名は、それに続く人生について何も決めはしない。その比丘が自らの名に抱いた不満には、まさにかつて菩薩が一人の学生に与えたのと同じ答えが与えられるべきであった。その学生は、国中を旅してはじめて、家に留まっていてもたやすく学べたはずの真理を見いだしたのである。

物語のどの名をも超えて生き続けた教え

ジーヴァカ、ダナパーリ、パンタカは、ある学生が自らの価値を、彼らの名が担っていた幸運と比べて測っていたことを知ることはなかった。しかし、彼らはそれぞれ、親が呼んだ名に何ひとつ左右されることなく、ごく普通の人生を生きることによって、どのような改名の儀式よりも深くパーパカに教えたのである。旅を終えたのちも、名はそれまでと同じままであった。それは人を夕食に呼ぶための便利な呼び名であり、それ以上の重みをもつものではなかったのである。

ご存知でしたか?

ナーマシッディ本生譚は、言語や名前は単なる世俗の便宜的規約(概念・施設/パンニャッティ)であり、それ自体に固有の実体はないという仏教の名辞論を象徴する古典です。

名前と現実の皮肉な乖離を鮮やかに描いた三つの出会い:死んだ「生者」、貧窮に喘ぐ「富の守護者」、そして道に迷った「道案内」。

釈尊は祇園精舎において、出家後も「悪童(パーパカ)」という俗名を気に病んで改名を求めた僧侶を諭すためにこの物語を説かれました。

ディグナーガ(陳那)やダルマキールティ(法称)ら仏教論理学の巨匠たちは、世俗諦の言語概念と勝義諦の究極の真理を峻別する基礎としてこの視点を重視しました。

「名は体を現さず、行いこそが人を創る」という教訓は、人間の尊厳が外的な肩書ではなく、内面的な徳行と慈悲にあることを力強く示しています。

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