祇園精舎における八百屋の自らの告白
祇園精舎に、舎衛城で八百屋を営む仏教の在家信者が訪ねてきた。語らいの中で彼は、娘の縁談を整える前に、自分がどのようにして娘の貞節を試したかを語った。仏陀は、遠い昔の世で父と娘の間にまったく同じ光景が繰り広げられるのを自ら目にしたことがあると告げ、彼が必要としていた証しが娘の涙そのものであったことを示すために、その物語を説かれた。
父親を不安にさせるほど笑いやすい娘
その過去世、バーラーナシーでブラフマダッタ王が治めていた時代に、菩薩は町外れの森の開けた場所の端にそびえる大きなバニヤンの木に宿る樹神として生まれた。町には、穏やかで飾り気のない明るさをもつ娘を持つ八百屋が住んでいた。娘は家族にも客にも、どんな小さな冗談にも気軽に微笑み、笑い声をたてた。ある名家から縁談が持ち込まれると、八百屋は不安にかられた。素行の悪い娘は見知らぬ家に嫁げば、自分の両親に恥をもたらすだけだと考えたのである。絶えず笑う娘の心の奥には、より緩んだ徳が隠れているのではないかと、彼には確信が持てなかった。
薬草摘みを装って仕組まれた試練
縁組を決める前に真実を知ろうと決意した父親は、翌朝、娘に籠を持たせ、森へ野草や根を一緒に採りに来るよう誘った。森の奥深く、菩薩が人知れず住むそのバニヤンの木の下にさしかかると、父親は娘の手を掴み、不適切な言葉を投げかけた。娘がどう反応するかを見るために、許されない誘いをかけるふりをしたのである。
すべてを明らかにした恐怖
娘は本当の恐怖から父親を振り払い、彼が持ちかけたことは、水の中から火が立ち上るほど恐ろしく、物事の道理の中では起こり得ないことだと言い放った。涙をこぼしながら、彼女は清らかな心以外の眼で男性を見たことは一度もないと告げ、父親とは娘の拠り所であるべきで、娘が身を守らねばならない危険であってはならないと訴えた。その涙と揺るがない抗議は、彼女が本当はどのような女性であるかについて、まったく疑いを残さなかった。
安堵した父と結び直された縁談
娘の真の苦しみを目の当たりにし、そこに自分が求めていた証しを見て取った父親の心は、安堵と、娘を疑ったことへの静かな恥で満たされた。彼は娘を慰め、笑い声ひとつでこのような試し方をするほど心配になってしまったのだと説明し、娘を家に連れ帰った。婚礼はやがて、大きな喜びのうちに進められた。事の顛末に感謝した父親は、後に自ら仏陀のもとを訪れ、起こったことを語った。
仏陀による正体の開示
仏陀は説法の締めくくりに、今まさに目の前に座っている父娘こそ、あの過去世の同じ父と娘であることを明かされた。ご自身はその樹神であり、ご自身のバニヤンの木の下で一部始終を黙して見届けていたのだと仰せになった。この物語は巴利聖典の本生経に第一〇二話として記録されている。自ら考え出した試しが、はるか前世においてすでに真実であったことを、まったく同じ結果とともに八百屋に示すために説かれたのである。
証拠に見えて証拠ではなかった笑い
父親の不安は、この物語が静かに打ち砕く前提の上に立っていた。その前提とは、屈託のない笑いと真の徳は同じ心に安らかに共存できない、という考えである。娘の明るさは品行の緩みとはまったく関係がなく、偽りの誘いに対する彼女の恐怖は、彼女の笑顔が父親の内に呼び起こしたどのような疑いにも触れられていない良心を示している。物語は、確かさを求めた父親を責めてはいない。ただ、そもそも明るさそのものを疑いの根拠と取り違えたことを責めているのである。
存在のほかは何も与えなかった証人
救い出すため、あるいは戒めるために直接介入する多くの本生の樹神とは異なり、ここでの菩薩は試練が起こる瞬間に何もせず、事の運びがそのとおりに進むのを、自らのバニヤンの木の内から見守っているだけである。物語における菩薩の役割は、生をまたいで記憶を運ぶ証人のそれに尽きる。後になって、その記憶こそが、森での娘の反応が単発の出来事ではなく、同じ徳が二度目に自らを証明したものであることを、仏陀が八百屋に示す証しとなるのである。
ご存知でしたか?
パンニカ本生譚は、天真で快活な明るさと貞操の乱れとの心理的な違いを明らかにし、外面の癖によって徳を疑う偏見を戒めています。
樹神となった菩薩は、家庭内の疑心を調停し、理不尽に疑われた無実の貞節を守る証人として描かれています。
釈尊は祇園精舎で、舎衛城に住み、笑い上戸の愛娘に同じ試練を与えた八百屋の在家信者を諭すためにこの物語を説かれました。
「父は娘の避難所であるべきであり、娘が自らを守らねばならない危険そのものであってはならない」という娘の抗議の言葉こそ、この物語が描く信頼の逆転を端的に示している。
外面の明るさや社交性を軽薄さと取り違えず、内に保たれた戒(シーラ)の堅固さこそを真の尺度とすべきだと教えています。
