枠物語:仏陀の智慧をめぐる語らい
プンナナディー本生譚は、パーリ聖典において第二百十四番に数えられ、本生経注釈に収められています。仏陀が祇園精舎で語られたものです。主題は完全な智慧でした。比丘たちは法堂に集まり、無上の仏陀の智慧は広大で、敏速で、鋭く、深く見通し、そして機知に富んでいると語り合っていました。
師の言葉
師は入って来られ、彼らが何を論じているのかをお尋ねになりました。彼らが答えると、師は、仏陀が賢く機知に富んでいるのは今に始まったことではなく、昔からそうであったと仰せられました。そして、過去の物語をお語りになりました。
ベナレスの司祭
かつてブラフマダッタがベナレスの王であった時代に、菩薩は宮廷の司祭の子として生まれました。成長してタッカシラーで学び、父の死後は司祭の職を受け継ぎ、人の世のことと神々のことについて王の相談役となりました。
中傷ののち追放される
その後、王は讒言する者たちに耳を傾けるようになりました。怒りのあまり、王は菩薩に二度と自らの前に姿を見せるなと告げ、ベナレスから追放しました。そこで菩薩は妻子を連れて、カーシー国のある村に住まいを定めました。
王の追憶
やがて王は、菩薩の善き人柄を思い出しました。師を迎えるのに使者を遣わすのはふさわしくないと感じ、王は一首の詩を作って葉に書き記すことにしました。さらに、烏の肉を調理させ、その書状と肉を白い布に一緒に包み、王の印で封をさせました。
王の試み
王は、もし師が賢明であれば、書状を読んで肉が烏の肉であることを見抜き、来るであろうと考えました。もし見抜けなければ、来ることはないだろうと。この試みは穏やかなものでした。命令によってではなく、王が師を求めることを可能にし、師もまた辱めを受けずに答えることができたのです。
満ちた川の謎かけ
王は葉に一つの詩節を記しました。それは、川が増水したときに飲むことのできるもの、穀物が覆い隠してしまうもの、そして道中の旅人を予告するものについて語っています。そして、賢者に、それを食べ、謎を正しく読み解くよう求めて結ばれています。三つの手がかりはいずれも烏を指し示しており、各行は、その鳥にまつわる異なる古い諺や民間信仰を踏まえています。
司祭の返答
菩薩は書状を読み、王が自分に会いたがっているのだと考えました。そして第二の詩節を唱えました。それは、王が烏を送ることを忘れておらず、鵞鳥、鷺、孔雀は他の鳥であること、そして一羽を送る者は残りも送るであろうと述べています。同じ息遣いのなかで、もし王が何も送っていなかったならば、それはさらに悪かっただろうとも述べています。事情を理解した菩薩は、車を用意させました。
王宮への帰還
菩薩は王のもとに参じ、王を仰ぎ見ました。王は喜び、彼を再び王の司祭の座に就けました。罰せられた者は誰もいなかったと伝えられており、いかなる叱責も記されていません。この物語はただ、中傷が断ち切った関係を、まるで一度も断たれなかったかのように回復させるのです。
仏陀による同定
この説法が終わると、師は生まれを明かされました。その当時の王はアーナンダであり、仏陀ご自身がその司祭であったと。現在の智慧を讃嘆していた比丘たちは、同じ機知がはるか以前から彼を特徴づけていたことを知らされました。彼らは師の中に敏速な心を見ていましたが、今やその長い歴史を見たのです。
謎かけを超えて伝わった教え
この本生譚は二種類の智慧を示しています。菩薩の智慧は、伝えられた言葉の背後にあるものを読み取り、苦みなく答える智慧です。王の智慧は、善き人を傷つけたと知り、それを尊厳をもって繕う道を見いだす智慧です。どちらにも長い演説は要りません。一枚の葉と一枚の布と一片の肉で十分なのです。ささやきによって名声が失われる世にあって、この物語は、一方が優雅に問い、他方が開かれた心で答えるならば、傷は癒されうることを思い起こさせてくれます。
ご存知でしたか?
第214話はパーリ語の経典集に収められ、『ジャータカ注釈書』に記録されている。
仏陀はジェータヴァナ精舎でこれを説かれた。当時、比丘たちは仏陀の偉大で敏捷かつ鋭敏な智慧について語り合っていた。
パーリ語の題名は「満ちた大河」を意味し、王の謎かけ詩の第一行に由来する。
謎かけは、烏をめぐる三つの民間の観念に基づいている。岸から烏が水を飲めるほど増水した川、烏を隠せるほど高く伸びた穀物、そして旅人の到来を告げる烏の鳴き声である。
身元の開示では、アーナンダが王で、仏陀が宰相であった。
