誇りが実力を追い越した比丘をめぐる導入の物語
パーリ聖典の本生第189話は、仏陀が比丘コーカーリカについて語られたものである。自信に満ちた態度は、約束するように見えた本当の証得よりもはるかに少ないものを隠していた。コーカーリカは、求められれば僧団の前で経典を誦すると豪語しており、比丘たちは彼の言葉をそのまま信じた。彼は念入りに身なりを整え、法座に座った。しかし語り始めると汗が噴き出し、うろたえた。最初の一句しか思い出せず、そのあとは頭が真っ白になり、混乱したまま席を立って集会を去った。より力量のある比丘が誦経を引き継いだ。彼の本当の器量は、この古い物語の生き物と同じく、真の重圧がかかった瞬間に露わになったのである。比丘たちが法堂でこの件を語っていると、仏陀が来られ、その話を聞かれて、過去の物語を語られた。
誠実な商いよりも借り物の皮を信じた商人
その前世、ブラフマダッタがベナレスを治めていたとき、菩薩は繁栄する村の誠実な農夫の家に生まれた。村々を渡り歩いて安価な品を売る行商人が、たてがみと爪をそなえた獅子の皮を手に入れていた。彼は、年老いた自分のロバを自由に草を食べさせて養う策略を考えた。巡回の先々で、ロバの荷を降ろし、その獣に皮をかぶせ、村人自身の大麦畑や稲田に放って、思う存分食べさせたのである。
試みるたびに成功した一つの策
獅子が穀物を食らっているように見えるのを目にした見張りや農夫たちは、それに立ち向かう危険を冒すよりも逃げ出した。変装したロバは、毎日甘い大麦と熟れた小麦を腹いっぱい食べ、その草を食む資格を得るためには何一つしてこなかった畑で、肥え太っていった。
大麦畑での一つの朝
ある朝、行商人が村で朝食を煮炊きしていたとき、彼はロバをまだ獅子の皮を着せたまま大麦畑に放った。それを見た見張りたちは、獅子だと思い込み、近づく勇気を持てなかった。彼らは村へ駆け戻り、警鐘を鳴らした。
村全体が上げた警鐘
村人たちは、ほら貝と太鼓を携えて群れをなして出てきて、畑の周りで大きな騒音を立てた。それ以上の計画はなかった。彼らは怯えており、できる限りの音を立てたのである。
恐怖に耐えられなかった変装
騒ぎに驚いたロバは、借り物の威厳をすっかり忘れ、大声で鳴いた。その瞬間、獅子の皮が隠していたものすべてが露わになった。
露見したものに名を与えた一つの偈
村人の一人であった農夫の菩薩は、その音をすぐに聞き分け、偈を唱えた。これは獅子の吠え声でも、虎の声でも、豹の声でもない。獅子の皮に包まれた、価値のないロバの鳴き声なのだ、と。
変装が防ぐことのできなかった結末
村人たちは、それが単なるロバにすぎないと分かると、骨が折れるまで打ち据え、獅子の皮を剥ぎ取った。行商人が来てみると、ロバは死にかけていた。彼もまた一つの偈を唱えた。獅子の皮の下で、ロバは長いあいだ青い大麦を食べ続けることもできただろう。しかしその鳴き声が、すべてを台無しにしてしまったのだ、と。彼が語り終えるとともにロバは息絶え、彼は自分の道を歩み去った。
仏陀による同定
物語の結びに、仏陀はロバをコーカーリカと同定され、賢明な農夫を自らと同定された。借り物の自信は、遠くから見てどれほど説得力があるように見えようとも、ロバが皮の下で負っていたのとまったく同じ危険を負っていた。恐怖や試練がひとたび真の声を表に引き出すと、初めから実際にそこになかったものは、どんな変装によっても支えられ続けることはできないのである。
一つの大麦畑を超えて残った教え
最終的に変装を暴いたのは、村人たちが企てたことではなかった。騒音に怯えたロバが自ら発した、ロバ自身の声であった。獅子の皮は、長い季節にわたってロバの姿を覆うことはできても、ロバの鳴き声を覆い隠すことは一度もできなかったのである。菩薩の役割は、その音をそのままの姿で見分け、それを率直に言い表すことにすぎなかった。それは、どの村にもある、知恵の静かな働きである。
ご存知でしたか?
世界的に知られるイソップ寓話「獅子の皮を着たロバ」の、真正で歴史的な原型である。
ヘレニズム期の諸変種よりも古く、バールフット仏塔(前2世紀)の初期仏教浮彫にもこの物語が刻まれている。
見かけを越えて声に耳を澄ませ、偽りを見分ける識別力(パンニャー、智慧)を示す。
見せかけ、盗まれた称号、霊的な偽善を戒める、根本的な教えの文献である。
菩薩の役割は識別である。ロバの鳴き声をそのままに見分け、偈のなかでそれに名を与える。一方、詐欺を暴くのはロバ自身の声である。
