仏陀はこの物語を祇樹給孤独園で語られ、『ジャータカ註釈』はこれを第196話、ヴァラーハッサ本生として記録しています。それは、道心を失って退転した一人の比丘に関わるものです。師がそれは真実かと問われると、比丘はそうだと答えました。なぜかと問われると、彼は、見事な装いをした一人の女性を見て、情欲をかき立てられたのだと答えました。
師の警告
仏陀はそこで彼に語りかけられました。こうした夜叉の女は、その姿かたちと声によって、また香りや香油や身体の触れ合いによって、そして策略と戯れによって、男を誘惑するのだ、と。こうして夜叉の女は男を自分の支配のもとに置き、いったんそうすると、その悪しき振る舞いによって、人格も財産もすべてを壊してしまう。それゆえに彼女たちは「夜叉の女」という名で呼ばれるのだ、と。
さらに仏陀は、遠い昔、夜叉の女の一団が隊商の商人たちを誘惑し、彼らを支配下に置いたことがあったと付け加えられました。それから、昔の物語を語られました。
シリーサヴァットゥの夜叉の町
むかし、セイロン島に、シリーサヴァットゥと呼ばれる夜叉の町があり、そこには夜叉の女たちが住んでいました。その地で船が難破すると、夜叉たちは身を飾り、米と粥と、奴隷の一団を連れて、子を腰に抱いて商人たちのもとへ出て行きました。商人たちにその町が人間の都であると信じさせるため、夜叉たちは、男たちが畑を耕し牛の世話をする姿や、牛の群れ、犬などを見せたのです。
夜叉が商人を誘う方法
夜叉たちは、商人たちを、自分たちが持ち込んだ粥、米、その他の食べ物を食べるように誘いました。何も知らない商人たちは、それを食べました。食べ終わって休んでいるあいだに、夜叉たちは、どこに住んでいるのか、なぜここへ来たのかと尋ねました。商人たちは、難破したのだと答えました。
「それはよいことです、尊き方々」と夜叉たちは答えました。「私たちの夫たちが船に乗って出て行ってから三年になります。きっと命を落としたのでしょう。あなた方も商人なのですから、私たちがあなた方の妻となりましょう」。こうして彼女たちは、自分たちの策略と戯れによって男たちを迷わせ、夜叉の町へ連れ込んでいったのです。すでに捕らえている男たちは、魔法の鎖で縛り、責め苦の家へ投げ込みました。
難破した五百人の商人
ある時、難破した五百人の商人が、夜叉たちの町の近くに打ち上げられました。夜叉たちは来て、このようにして彼らを誘い、町の中へ連れて行きました。首領の夜叉は首領の男を取り、ほかの夜叉たちはほかの者を取り、五百人の夜叉が五百人の商人を手に入れるまで続きました。
その夜、夫が眠っているあいだに、首領の夜叉は起き上がり、死の家へ行きました。そこで彼女は男たちの何人かを殺して食べました。ほかの夜叉たちも同じことをしました。
長老の商人が悟る
首領の夜叉が戻ってきたとき、その身体は冷たくなっていました。長老の商人は彼女を抱き、彼女が夜叉であることを悟りました。「五百人全員が夜叉に違いない。われわれは逃げなければならない」と彼は考えました。
早朝、顔を洗いに行くとき、彼はほかの商人たちに話しかけました。「彼女たちは夜叉であって、人間ではない。ほかの難破した男たちが見つかりしだい、彼女たちはその者たちを夫とし、そして私たちを食べてしまうだろう。さあ、逃げよう」。
半数は残る
そのうち二百五十人が答えました。「私たちは彼女たちを置いてはいけない。行きたい者は行けばよい。しかし、私たちは逃げません」。そこで首領の商人は、彼に従う用意のある二百五十人とともに、夜叉を恐れて逃げ出しました。
空飛ぶ馬
そのとき菩薩は、空飛ぶ馬として世に生まれておられました。全身が白く、烏のような嘴をもち、ムンジャ草のような毛をもっていました。神通力を備え、空を飛ぶことができたのです。菩薩はヒマラヤからセイロン島へ飛んで来ました。そこで池や沼の上を飛び越え、そこに生えていた野生の稲を食べていました。
通り過ぎるとき、菩薩は慈悲に満ちた人の言葉を三度唱えられました。「家へ帰りたい者はいないか。家へ帰りたい者はいないか」。
故郷へ運ばれて
商人たちはその声を聞き、「主よ、私たちは家へ帰るのです」と叫びました。彼らは手を合わせ、うやうやしく額へ掲げました。「では、私の背に乗りなさい」と菩薩は言われました。
ある者は背に乗り、ある者は尾をつかみ、またある者は敬礼して、ただそこに立っていました。菩薩は、敬礼して立っていた者たちさえも連れて行かれ、二百五十人すべてを、その者たちの国へ運び、それぞれを自分の場所へ降ろされました。それから菩薩は住処へ飛んで戻られました。
ほかの人々がその場所に来ると、残った二百五十人は夜叉たちに殺されてしまいました。
仏陀の二つの詩節
師は、夜叉の手に落ちた商人たちは滅び、馬に従った者たちは無事に故郷へ帰ったように、仏陀の教えを軽んじる者は大きな苦しみに陥り、それに従う者は幸いなる生へと至り、ついには不滅の涅槃に達するのだ、と仰せになりました。それから二つの詩節を唱えられました。仏陀の教えを軽んじる者は、夜叉に食べられた商人たちのように滅びる。仏陀の教えに耳を傾ける者は、鳥の馬が商人たちを救ったように救いを見いだすだろう、と。
仏陀による前世の同定
説法の終わりに、師は諦、すなわち苦とその滅に関する四諦を宣べられました。退転した比丘は、初果、すなわち預流果を得ました。四つの覚りの段階の最初のものです。そのほか多くの者が初果、二果、三果、四果を得ました。「仏陀の信者たちは、馬の教えに従った二百五十人であり、私はその馬そのものであった」と仰せになりました。
島を超えて残った教え
ヴァラーハッサ本生は救いの物語であり、その救いを二つの小さな行いに託しています。商人たちは呼びかけを聞かなければならず、それに応えなければなりませんでした。馬は、ただ立って敬礼しただけの者さえ連れて行きましたが、立ち去ることを拒んだ者たちを運ぶことはできなかったのです。
退転した比丘にとって、その教えは直截でした。誘惑はもてなしのように見え、危険は現実のものでした。すべての信仰する者にとって、馬の呼びかけは今もなお、「家へ帰りたい者はいないか」という問いとして届きます。そして、この本生の教えは、その問いには今すぐ応えることができる、ということなのです。
ご存知でしたか?
ヴァラーハッサ・ジャータカは、『ジャータカ注釈』双集に収められた第196話であり、祇園精舎で退転しかけた比丘のために説かれた。
夜叉女の住むシリサヴァットゥの都は、セイロン島にあったとされる。
五百人の商人のうち、二百五十人は脱出し、二百五十人は残った。
空飛ぶ白馬は全身が白く、カラスのような嘴を持ち、ムンジャ草のような毛並みをしていた。
仏陀は、馬の勧めに従った商人たちが自らの弟子であり、自分こそがその馬であったと語った。
