Verses
ふさわしくない不適当なことに自己を専念させ、なすべき瞑想の実践に自己を専念させず、真の利益を捨てて愛着するものにしがみつく人は、のちに自己をととのえて精進する人を羨むようになる。
節 1
愛する者と交わるな。愛しない者ともいかなる時も交わるな。愛する者に会えないことは苦痛であり、愛しない者に会うこともまた苦痛である。
節 2
それゆえに、何ものをも愛着あるものとするな。愛する者との別れは悲惨である。愛するものも愛しないものもない人々には、いかなる結び目(束縛)も存在しない。
節 3
愛着するものから悲しみが生まれ、愛着するものから恐怖が生まれる。愛着するものから完全に解脱した人には悲しみはない。どうして恐怖があろうか。
節 4
情愛から悲しみが生まれ、情愛から恐怖が生まれる。情愛から完全に解脱した人には悲しみはない。どうして恐怖があろうか。
節 5
快楽の歓びから悲しみが生まれ、快楽の歓びから恐怖が生まれる。歓楽から完全に解脱した人には悲しみはない。どうして恐怖があろうか。
節 6
欲望から悲しみが生まれ、欲望から恐怖が生まれる。欲望から完全に解脱した人には悲しみはない。どうして恐怖があろうか。
節 7
渇愛から悲しみが生まれ、渇愛から恐怖が生まれる。渇愛から完全に解脱した人には悲しみはない。どうして恐怖があろうか。
節 8
戒律と明瞭な洞察とをそなえ、法に安住し、真理を悟り、自己のなすべき務め(修行)をなす人、世の人々はその人を心から敬愛する。
節 9
言葉では言い尽くせないもの(涅槃)への憧憬が生じ、心はそれによって満たされ、諸々の欲望に囚われない心をもつ人、彼は「上流に向かって流れる者(上流者)」と呼ばれる。
節 10
久しく他郷にあって、遠方から無事に帰還した人を、親族や友人や親しい人々が歓喜して迎えるように、
節 11
そのように、功徳を積んだ人がこの世から来世へと赴くとき、彼のなした功徳の数々が彼を迎え入れる。親族が無事に帰還した愛する者を温かく迎え入れるように。
節 12
Background
本章はパーリ語『ダンマパダ』(クッダカ・ニカーヤ、パーリ聖典)の愛好品(ピヤ・ヴァッガ)、第209–220偈に属します。サーヴァッティー、ラージャガハ、カピラヴァットゥにまたがって説かれたこの章は、死別と執着への囚われがもたらした、身を切るような人間の悲劇に応えるものです。注釈書(アッタカター)には、ただ一人の息子を失って悲嘆に暮れる両親、最愛の孫娘を悼むヴィサーカー、亡くなった我が子のそばで泣き続け、ついには智慧を伴わない愛は悲しみへの開かれた扉であると仏陀に教えられた在家者のことが、胸を打つ筆致で語られています。第219–220偈は、布施を行った在家者ナンディヤが天界に喜びのうちに迎えられたことを称えています。
この聖典について
作者: Gautama Buddha · Founder of Buddhism · c. 5th–6th century BCE, Northern India/Nepal
Born Siddhartha Gautama in Lumbini, he attained enlightenment and spent the rest of his life teaching the Dhamma across northern India. His discourses (Suttas), preserved orally for generations before being written down in the Pali Canon, form the doctrinal foundation of Buddhism.
ご存知でしたか?
執着の五つ組(第212~216偈)
悲しみと恐怖は5つの相互に関連した感情から生じる:愛するもの(ピヤ)から、愛情(ペマ)から、感覚的喜び(ラティ)から、欲望(カーマ)から、そして渇望(タンハー)から。これらから身を解放すれば、悲しみと恐怖は消え去る。
愛されるものも愛されないものも(第210~211偈)
愛されるものにも執着せず、いかなる時も愛されないものに執着するな。愛する者に会えないことは苦しみであり、愛されない者に会うことも苦しみである。この両者を超越した者には束縛はない。
世に愛される者(第217偈)
戒律と正しい理解において完全であり、真実に安立し、自分自身の霊的義務の遂行に献身する者は、人類全体に愛される。
上流へ流れる者(第218偈)
言葉では表現できぬもの(ニルヴァーナ)への憧れが生じ、その心思想がそれに飽和し、感覚的欲望から心が解き放たれている者は、『上流に向かって流れる者(ウッダンソト)』と呼ばれる。
功徳による帰宅の歓迎(第219~220偈)
長く留守をしていた旅人が遠方から無事に帰って来たとき、彼の愛する者たちが喜んで迎えるように、同じく、功徳を積んだ人がこの世から次の世へと往くとき、その人が積んだ功徳が、親愛なる者が帰ってきた友人を抱きしめるように、その人を迎える。
