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デーヴァダンマ・ジャータカ:水の鬼の問い

ジャータカ物語仏陀般若(智慧)

デーヴァダンマ・ジャータカ:水の鬼の問い

兄弟とともに追放されたマヒンサーサ王子は、真に神聖なものが何かを答えられない者を呑み込む水の鬼と出会う。王子の答えは兄弟を救い、鬼の心をも変えた。

財を蓄えた富裕な比丘

世尊はジェータヴァナ精舎において、ある富裕な比丘についてこの物語を語られた。ある妻を亡くした後、サーヴァッティーの一人の資産家の子が出家した。出家に先立って彼は自分のための部屋を建て、火の間と物置を設け、その物置にギーと米を蓄えていた。

比丘となったのちも、彼は好みの料理を作らせるために従者を呼び寄せた。夜のための衣とは別に、昼のための衣を一揃い持ち、精舎の外れに離れて暮らした。

師の前に連れてこられる

ある日、彼は自室で衣と寝具を干していた。国々から来た比丘の一団が、精舎から精舎へと巡り歩く途中で、彼の小屋を訪ねてそれを見つけた。彼らが誰のものかとたずねると、彼は自分だけのものだと答えた。

比丘たちは、仏陀は欲の少ない者であり、世尊は三衣のみを許されたのだと彼に思い起こさせた。そして彼らは、彼を師のもとへ連れて行った。

怒りと羞恥

師は、彼が本当にそれほど多くの持ち物を蓄えたのかとたずね、比丘ははいと答えた。師は、少欲、知足、そして独居の徳を自分が讃えてきたことを思い起こさせた。比丘は怒り、彼らが望むとおりに振る舞おうと叫び、上衣を脱ぎ捨てて腰布一枚で立った。

師は彼を落ち着かせるために、過去世においてこの同じ比丘が水の鬼神であったとき、罪を恐れる羞恥の心を求めて十二年を過ごしたことを語られた。そのような者が、羞恥を失ったままここに立っているとはどういうことか、と。この言葉を聞いて、彼の羞恥の心が戻ってきた。彼は衣を着直し、師を礼拝して、傍らに座った。この物語は、パーリ仏典の本生譚の集成であるジャータカにおいて、第6番として数えられている。

王妃の願いと三人の王子

かつて、ブラフマダッタ王がカーシー国のベナレスを治めていたとき、菩薩は、仏陀がそれ以前の生において、王と王妃のあいだに王子として生まれ、マヒンサーサ王子と名づけられた。やがて次の王子、チャンダ王子が生まれた。その後、菩薩の母は亡くなり、王は愛する別の王妃を迎えた。彼女は一人の息子を産み、スーリヤ王子と名づけられた。

喜びのあまり王は、彼女がその子のために何か願いを求めれば、どのような願いでも叶えると約束した。彼女はその約束を大切に抱き続け、息子が成長するまで待った。そしてついに、自分の息子を王位につけてほしいと願った。

森へ送られた王子たち

王は、炎のように輝く二人の息子がいるので、王国を彼女の息子に与えることはできないと答えた。しかし王妃は、幾度も幾度もその願いを重ねて求めた。王は、彼女が自分の息子たちに対して陰謀を企てるのではないかと恐れ、年長の二人の王子を呼び寄せた。

王は二人に、森へ退き、自分が死んだときには、正当に彼らのものである都に戻って統治するように言った。王は涙を流しながら二人の頭に口づけし、送り出した。幼いスーリヤ王子は、二人が去るのを見て、その理由を知り、兄たちとともに行くことを選んだ。

ヒマラヤの池

三人はヒマラヤの地方に至った。菩薩は道を外れ、一本の木の根もとに座った。菩薩はスーリヤ王子に、池まで走って行き、水を飲んで身を清め、蓮の葉に水を汲んで戻ってくるように頼んだ。

その池は、ヴェッサヴァナ(毘沙門天)によって一体の水の精霊に委ねられていた。水の精霊は、真に神々しいものを知る者を除いて、水に入るすべての者を喰らうことができた。水に入らない者に対しては、精霊はいかなる力も持たなかった。

問いに答えられなかった二人の兄

スーリヤ王子は何も疑わずに池へ下りていった。水の精霊は彼を捕らえ、真に神々しいものを知っているかとたずねた。王子は太陽と月だと答えた。精霊は、それは知らないと言い、彼を水底の自分の住処へ連れ去った。

スーリヤ王子が戻らないので、菩薩はチャンダ王子を送った。彼もまた捕らえられ、同じ問いを受けた。彼は天の四方が神々しいものだと答えた。精霊は、それは知らないと言い、同じ場所に彼を閉じ込めた。

長兄の待ち受け

次兄もまた戻らなかったので、菩薩は自ら出向き、彼らの足跡をたどって水辺まで下りた。池は水の精霊のものに違いないと菩薩は悟った。彼は剣を帯び、弓を手に取り、水に入ることなく待ち構えた。

精霊は、菩薩が水に入ろうとしないのを見た。精霊は猟師の姿をとり、水浴びをし、水を飲み、蓮の花で身を飾るよう勧めた。菩薩はすぐにそれが鬼神であることを見抜き、この者が自分の兄たちを捕らえたのだと告げた。精霊はそれを認め、真に神々しいものを知る者を除いて、池に入る者はすべて自分のものであると説明した。

真に神々しいものとは何か

精霊は、菩薩が神々しいものを知りたいのかとたずね、それを教えようと約束した。菩薩は喜んで話そうと答えたが、旅で身が汚れていると言った。そこで精霊は菩薩の身を清め、食べ物と水を与え、花と香りで飾り、四阿に寝台を設けた。

菩薩は、精霊を足もとにして寝台に座り、一つの偈を語った。罪を恐れて退く者、すなわち白き魂をもち、静けさのうちに善を喜ぶ者だけが、神々しいと呼ばれるのだ、と。

末弟の選択

鬼神は喜び、兄の一人を返そうと言った。どちらを連れてくるべきか。菩薩は「末の弟を」と答えた。精霊は、菩薩が自ら知っていることに従って行動していないと異議を唱えた。菩薩は、年上よりも年下を選んだのだから、と。

菩薩は答えた。自分は神々しいものを知り、また実践してもいる。彼らが森に入ったのは、この少年のためであった。少年の母が王国を求めたからであり、少年は彼らとともに来て、引き返すことなど考えもしなかった。もし鬼神がその少年を喰らったと言えば、誰も信じないだろう。自分は非難されることを恐れたのだ。鬼神は賛同の声をあげ、二人の兄をともに返した。

精霊を徳へと向けさせる

それから菩薩は、穏やかに精霊に語りかけた。精霊が今、他者の肉と血を糧として鬼神として生きているのは、過去になされた悪行の結果である。今もなお悪行を続けている。その行いは、地獄やその他の苦しみの境涯からの解放を妨げるだろう。だから今から悪を捨て、徳をもって生きるべきである、と。

菩薩は、精霊の庇護のもとでその場所に留まった。ある日、彼は星を読んで、父が亡くなったことを知った。菩薩は精霊を伴ってベナレスへ行き、王国を受け継いだ。チャンダ王子を副王に、スーリヤ王子を総司令官に任じ、精霊には花輪と花と食べ物に満ちた心地よい住処を与えた。彼は正義をもって統治し、その行いにふさわしい行き先へと旅立つまで、国を治めた。

仏陀による生まれの同定

師は四諦を説かれ、その終わりに、富裕な比丘は初果、すなわち正覚への道の第一段階の果を得た。そのうえで仏陀は、この枠物語を過去へ結びつけ、生まれを同定された。富裕な比丘は当時の水の鬼神であり、アーナンダはスーリヤ王子、舎利弗はチャンダ王子、そして師自身が長兄のマヒンサーサ王子であった。

池を越えて残る教え

精霊の問いは単純であるが、それは生き方そのものを求めている。この物語において神々しいとは、罪を恐れて退くことである。枠の中の比丘は、怒りに任せて衣を脱ぎ捨てたとき、その退く心を失っていた。菩薩の答えは理論ではない。公平でないと見えるおそれを負ってでも末の弟を救うことを選んだ、その選択のうちに示されている。少年の名誉と、自らの良心を思いやってのことであった。

またこの物語は、獰猛な存在に対する忍耐をも示している。菩薩は精霊を打たず、侮ることもしない。問いに答え、警告を与え、そのうえで精霊を自らの庇護のもとに置いたのである。信徒にとって、これは、害することを断固として拒む心が、力では決して届かない扉を開くことがあると示している。

ご存知でしたか?

ジャータカ第6話はジェータヴァナで語られたもので、多くの持ち物を蓄え、その後怒って上衣を脱ぎ捨てた富裕な比丘についての物語である。

菩薩はマヒンサーサ王子であり、二人の年少の弟、月王子と日王子がいる。

日王子は太陽と月が神聖なものだと答え、月王子は天の四方がそうだと答えたが、二人とも捕らえられた。

鬼は兄弟の一人を返そうとし、菩薩は最も幼い者を選んだ。少年の死について非難されることに耐えられなかったからである。

ブッダは富裕な比丘を水の鬼と、アーナンダを日王子と、サーリプッタを月王子と同定した。

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