気力を失った比丘をめぐる枠物語
パーリ聖典のジャータカ第265番は、精進の気力を失っていた一人の比丘について、仏陀が語られたものである。仏陀がそれは本当かと問われると、比丘はそのとおりだと認めた。揺るがぬ決意とはどのようなものかを比丘に思い起こさせるため、仏陀は、隊商の全員が恐怖に地に伏した中で、ただ一人立ち上がって戦った森番の物語を語られた。
五百人の森番の長
その前世において、ヴァーラーナシーのブラフマダッタ王の治世に、菩薩は森番の家に生まれた。成人すると彼は五百人の森番の一団を率いる長となり、森の縁の村に住んで、その森を渡る必要のある旅人のために案内人としての力を提供していた。
商人の息子が案内人を雇う
ヴァーラーナシーから来た一人の商人の息子が、五百台の荷車からなる隊商を率いてやって来た。彼は、森を通り抜けるための案内を菩薩に頼み、千の貨幣を差し出した。森番はその報酬を受け取り、心の中で、自らの命をこの隊商の安全に捧げた。
一人を除いて全員を倒した待ち伏せ
森の奥深くで、五百人の盗賊が現れた。その突然の脅威は隊商の勇気を打ち砕き、人々は恐怖に襲われて地に伏し、自分たちを取り囲む一団の前に無力となった。
足場を守り抜いた一人の森番
倒れなかったのは菩薩だけであった。彼は声を上げ、前へ跳び、戦い、揺るがぬ決意で盗賊たちをすべて追い散らし、それから商人を森の向こうへ無事に導いた。
危険が去った後に投げかけられた問い
その後の野営地で、商人の息子は菩薩に上等な食事を供し、矢や剣、そしてこれほどの死の間近に立ちながら、どうして恐れを感じなかったのかと率直に尋ねた。
真の違いを名指した答え
菩薩は偈において、その危険に直面したとき、彼の内には広大で高貴な霊感が湧き上がり、その霊感に導かれて敵に打ち勝ったのだと答えた。報酬を受け取ったとき、すでに自らの命を捨てていたのであり、命にしがみつく英雄は、英雄の務めを果たすことはできない、と言った。人々が、立ち向かえたはずの危険を前にして地に伏すのは、武器や力の欠如によるのではなく、その執着によるのである。
受け入れの瞬間に定められた基準
菩薩の立ち振る舞いを際立たせたのは、隊商に欠けていた何か独特の力ではなかった。彼だけが、商人の金を受け取った時点で、自らの命への恐れがその瞬間に彼の行いを決めることはないと、すでに定めていたのである。その決意は攻撃の前になされていた。だからこそ、攻撃が来たときも揺らがずに保たれたのだ。彼の偈に対する伝統的な註釈は、重要な語を説明している。彼が語った霊感とは心の満足と喜びであり、高貴な者とは至上の者であり、敵に打ち勝つとは、まず自らの命を捨てることによって敵を制することである。なお生き延びることを望む者は、と註釈は付け加える、英雄の務めを果たせない。生き延びたいという願いこそ、危険の瞬間が人に緩めることを求めるものだからである。
数だけでは安全が保証されなかった理由
五百台の荷車からなる隊商全体は、その人々すべてとともに、盗賊の前で無力であった。しかし恐れを捨てた一人の人物が、状況全体を変えた。一団の安全は、決してその人数や財の単なる総和ではなく、結果を変えたのは一人の人の揺るがぬ勇気と、完全に引き受けられた務めであった。
疲れた比丘への仏陀の教え
仏陀は、この比較を、自らの気力が衰えていた比丘へと向け直して、物語を締めくくられた。一人の森番が、残りの隊商が地に伏す中で揺るがず立つことを可能にした同じ決意は、恐れが生じるところの執着を捨てる意志のある者には誰にでも開かれているのだと示された。その後、仏陀は四諦を説かれ、意気消沈していた比丘は阿羅漢となった。仏陀は、この物語の菩薩を、首位の森番として明かされた。
ご存知でしたか?
クラッパ・ジャータカは、菩薩の精進(ヴィーリヤ波羅蜜)と勇気の完成を体現している。
「クラッパ」の矢(三日月形の鋭い刃先)は、貫く精確さと道徳的な決意を象徴する。
恐怖に地に伏した隊商と、ひとり揺るがぬ案内人との対比は、個人の霊的な不屈さという仏教の徳を際立たせる。
正しい勇気は無謀な暴力としてではなく、他者の安全に捧げられた守護の勇気として定義される。
仏陀は、霊的な努力が衰えた一人の比丘を奮い立たせるために、この物語を語られた。恐れを知らぬ森番を見習うよう促すためである。
