去ることを拒んだ沙弥
師はジェータヴァナ精舎で、ある高徳の長老に出家させられた後、その長老から酷い扱いを受けた沙弥について、この話を語られました。沙弥はその扱いを理由に僧団を離れ、長老は彼を説得して戻らせました。しかし同じ虐待が二度繰り返されると、若者は、長老がどれほど見事に語りかけても、三度目には戻ることを拒みました。比丘たちが法堂でこの件を話すと、師は、この若者は前世においても同じような扱いに同じく敏感であったと述べ、この物語を語られました。同じ枠物語はサラカ本生譚(第85番)に詳しく伝えられています。パーリ聖典のジャータカ第365番は、この語りのもとにこの物語を記しており、五集(パンチャニパータ)の偈の中に収められています。
蛇と戯れるように訓練された猿
ヴァーラーナシー(ベナレス)で、流浪の蛇使い(アヒグンディカ)が一匹の猿を捕らえ、群衆の前で蛇と戯れるように仕込みました。猿の芸によって蛇使いは生計を立てたのです。この主人のもとでの猿の暮らしは、手荒く扱われ、やさしさのほとんどないものでした。
穀物商人のもとに預けられて
ある週、ヴァーラーナシーで祭りが告げられました。蛇使いは祭りの歓びの中で七日間、蛇とともに芸を披露しようと、猿を穀物商人に預けました。その穀物商人こそ菩薩であり、前世のこの時には仏陀ご自身でした。穀物を売って生計を立てていたのです。菩薩はこの生きものを引き取りました。
七日間の、慣れぬ優しさ
菩薩は、ただ預かるだけにとどまらず、祭りの間じゅう猿によく食べ物を与えました。自分の主人のもとではこのような優しさを知らなかった猿は、日ごとに穏やかになり、健やかになっていきました。
酔った主人の帰還
七日目、酒に酔った蛇使いが猿を取り戻しに来ました。男は猿を連れ出し、竹の棒で三度打ちました。それから猿を庭に縛りつけ、眠り込みました。猿は鎖から抜け出し、マンゴーの木に登って、その実を食べ始めました。
枝の下からの甘言
蛇使いは目を覚まして木の上の猿を見つけ、甘言で降ろそうと考えました。彼は詩句で猿に呼びかけ、猿を称えて、マンゴーを落とすように頼みました。二人はともに猿の芸によって暮らしているのだから、と言って。
梢から返された答え
猿は四つの偈で答えました。そのような賞讃は空しい騒音にすぎない、と言いました。そして、まさにその日、酔ったまま自分を飢えさせ、残酷に打ち据えたのは誰であったかと問いかけました。たとえいつか王に立てられたとしても、それを望むことはないだろう、なぜなら蛇使いの残酷さと、横たえさせられた苦しい寝床を覚えているからだ、と言いました。賢い者は、家に満ち足りて暮らし、施しに富み、良い家柄に生まれた者と、最も親しい絆を結ぶべきである、と付け加えました。そう語ると、猿は猿の群れの中へ消え、二度とその主人に捕らえられることはありませんでした。
物語の中の菩薩の静かな位置
菩薩は、穀物商人として物語の始まりに立ち、七日間の世話によって、猿に優しさとは何かを示した者です。物語の偈がそれ以外を伝えています。猿は蛇使いの甘言よりも、打擲の記憶を信じたのです。
仏陀が内側から理解した拒絶
仏陀は、枠物語の沙弥を古い物語の猿と同一視し、虐待を行う長老を、甘い言葉によって長年の打擲が償われると考えた蛇使いと同一視して、教えを締めくくられました。猿が蛇使いの声の蜜よりも背中の棒の証拠を信じたように、沙弥は師の繰り返された約束よりも、自らに繰り返された虐待の型を信じたのです。仏陀がこの物語を語られたことは、その判断を訂正するものではなく、ヴァーラーナシーの町で賢明な獣が一度下したのと同じ判断であったと認めるものでした。
ご存知でしたか?
アヒグンディカとはパーリ語で「蛇使い(蛇芸人)」を指す言葉である。
暴力と甘言を交互に使い分けて他者を支配しようとする搾取者の欺瞞を見破る心理的覚醒を説く。
猿の態度は、一度脱した暴力的な関係性に二度と戻らないという毅然たる自己尊厳の確立を示す。
穀物商たる菩薩は、虐げられた者に真の慈愛を注ぎ、自立と解放の契機を与える聖者として機能する。
五つの痛快な詩句は、隷属の枷を打ち砕き無上の自由へと飛翔する魂の歓喜を五詩集に刻んでいる。
