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Embroidered artwork for チュッラボディ本生譚:行者と連れ去られた妻: Embroidered Buddha seated in meditation on a pink lotus, with a golden dharma wheel and a white stupa in the mountains

チュッラボディ本生譚:行者と連れ去られた妻

第443話:ベナレスの王がボーディクマーラの前の妻を連れ去るが、行者は湧き上がる怒りを慈しみによって鎮め、王にその害を説き示す。

怒りを制御できなかった比丘

世尊は祇園精舎において、『ジャータカ註』に記されるとおり、第443話を説かれた。この物語は、出家しながらも自らの激情を抑えられなかった一人の比丘にまつわるものである。彼は恨みを抱きやすく、すぐに腹を立てた。仏陀は彼を呼び寄せ、仏弟子ではなかった昔の賢者たちでさえ怒りを制したのだと告げられた。そして前世の因縁を語られた。

ボーディクマーラとその妻

ブラフマダッタ王がベナレスを治めていた時、菩薩は富裕な婆羅門の家に生まれ、ボーディクマーラと名づけられた。彼は学問を修め、両親は相応しい家柄の娘との婚姻を整えた。しかし二人のどちらも結婚を望まなかった。注釈書は、二人があまりに清浄であったため、一度も床を共にしなかったと伝えている。二人は家を共に営んだが、それぞれ清らかな修行の生活を切に願っていた。

ヒマラヤへ

両親が亡くなると、二人は財産を捨て、共に出家した。二人はヒマラヤで十年間、野生の果実を食べて暮らした。やがて塩と調味料を求めて人の世界に下り、ついにベナレスに至って、王の園林に身を寄せた。

王、女行者を見る

ベナレスの王が園林に来て、その女行者を見た。王は彼女の美しさに心を奪われ、欲情に身を震わせた。王は菩薩に、この女性はあなたにとって何なのかと問うた。菩薩は、彼女はかつて自分の妻であったと答えた。すると王は偈で、もし誰かが彼女を捕らえて連れ去ったら、行者はどうするかと尋ねた。菩薩もまた偈で答えた。怒りが生じたならば、雨が塵を鎮めるように、小さいうちに抑えねばならない、と。

王は心を変えなかった。彼女が抗って叫んだにもかかわらず、王は彼女を宮殿に連れて行かせた。宮殿で王は彼女を敬おうとしたが、彼女はその尊敬を受け入れなかった。彼女はむしろ独りで生きる修行の生活を讃え続けた。

衣を繕う行者

その間、菩薩は園林に座って、自分の衣を繕っていた。注釈書が認めるように、彼の心にも怒りが生じたが、まだ小さいうちに慈しみの心を呼び起こして、ただちにそれを鎮めた。

王が戻ってきて、そこに彼がいるのを見た。王は、彼の沈黙は内に抑え込んだ怒りに違いないと言った。菩薩は、怒りが確かに芽生えようとするのを感じ、それを消したのだと答えた。

怒りについての偈

王は、行者が正確に何を鎮めたのかを尋ねた。菩薩は、怒りとその害を述べる一連の偈で答えた。

怒りは心を盲目にする、と彼は言った。怒りに囚われた者は真実を見ることができなくなる。それは敵だけを喜ばせる。注釈書はそれを、薪をくべられると燃え上がる火にたとえる。愚かな者の心では、それが彼らを焼き尽くすまで燃え続けるのだ、と彼は言った。賢者はそれを早いうちに消す。明るい半月に満ちていく月のように、怒りを鎮める者は名誉の中で成長する。

王が女行者を返す

王は聞いて喜んだ。彼は臣下に命じて女行者を園林へ連れ戻させ、二人に庇護を約束した。二人はそこで穏やかに暮らし続けた。彼女が亡くなった後、菩薩はヒマラヤに戻り、神通と禅定の成就を得て、梵天界に生まれた。

仏陀による前世の特定

仏陀は諦を説かれた。怒りを抑えられなかった比丘は、第三道の果、すなわち不還果に確立された。仏陀はそれから、この生の因縁を明かされた。ラーフラの母は女行者であり、アーナンダは王であり、仏陀ご自身がその行者であった。

王の園林を超えて続く教え

第443話は、怒りがもっとも正当に見える時の怒りについて語っている。妻は力ずくで連れ去られ、夫は座って縫い物を続ける。物語は菩薩が何も感じなかったとは言わない。怒りが生じ、それを鎮めたと言うのである。

これは、ジェータ林の比丘への教えであり、すべての読者への教えでもある。賢者とは決して怒りを覚えない人ではない。怒りを早くに見抜き、育つ前に慈しみをもってそれに向き合う人なのである。

ご存知でしたか?

チュッラボディ本生譚(第443話)は、祇園精舎で説かれたとされる『ジャータカ註』に、怒りを制御できなかった比丘にまつわる話として伝えられている。

ボーディクマーラとその妻は非常に清浄であったため、結婚していても一度も床を共にしなかったと注釈書は述べる。

二人は塩と調味料を求めてベナレスに下る前に、ヒマラヤで十年間、野生の果実を食べて暮らした。

注釈書の語るところによれば、菩薩の内にも怒りは確かに生じたが、それがまだ小さいうちに、慈しみによってただちに鎮められた。

仏陀は、ラーフラの母を女行者、アーナンダを王、そして自らをその行者であると特定された。

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