師よりも自らが賢いと思い込んだ比丘
この物語は、師が祇園精舎に滞在しておられたとき、良家の出でありながら従わぬ一人の比丘について説かれたものである。パーリ聖典では『ジャータカ』第369話、五集(パンチャニパータ)のヴァンナーローハ品に収められている。彼は安穏へと導く教えのもとで出家していたが、その身を思う友人、師、同学の修行僧たちが、十四の僧団の務め、八十の大いなる務め、十三の頭陀行(僧侶が守るべき戒律と苦行の伝統的な規範)を懇切に教えても、それを敬意をもって受け入れようとはせず、こう言った。「私はあなた方に過ちがあるとは思わない。なぜそのようなことを私に言うのか。何が私の利益になり、何がならないかは、私自身がわかっている。」
比丘たちが彼の反抗を報告すると、師は彼を呼び寄せ、それが事実かどうかをお尋ねになった。比丘はそれを認めた。そこで師は仰せられた。「比丘よ、これほど優れた教えのもとで出家しながら、なぜお前を思う人々の声に耳を傾けないのか。お前は昔にも賢者の声に背き、痛ましい破滅に陥ったことがある。」そう言って、師は過去の物語を語られた。
拒まれた母の嘆願
カッサパ仏の時代、菩薩は四大王天の住処に住む天の神として生まれていた。その頃、バーラーナシーに商人の息子ミッタヴィンダカが住んでいた。彼の母は寡婦であったが、仏陀に帰依した篤い在家信者で、戒律を守り、僧団を惜しみなく支えていた。しかしミッタヴィンダカは修行を軽んじ、世俗の財を蓄えることだけを望んでいた。ウポーサタ(布薩)の聖なる日に、母が彼に寺院へ行って法を聴くよう懇願すると、彼は無礼にも金銭を要求し、硬貨を奪って町へ逃げ、それを浪費した。
のちに、野心に駆られたミッタヴィンダカは、深い大洋を渡る危険な交易の航海に出ようとした。泣きながら母は彼の衣をつかみ、危難から守ろうとした。しかし親に背く怒りに駆られた彼は、母を地面に打ち倒し、船に乗り込んだ。
色褪せゆく快楽の中を漂う
大洋の風はまもなく彼の邪悪さに逆らい、船は水上で凍りついたように動かなくなった。水夫たちが引いた籤は三度とも、ミッタヴィンダカを不幸の元凶として指し示した。竹の筏に乗せられて流された彼は、超自然の島々を漂い、そこで下位の天女たちとつかの間の天上の快楽を味わった。しかし、やがて容赦なく引き寄せられ、ウッサダ地獄へと堕ちていった。
刃となった花冠
その陰鬱な奈落に着いたミッタヴィンダカは、激しい苦痛に責め苛まれる一人の者を見た。その頭は、鋭い刃を備えた燃える鉄の輪に囲まれ、刃は頭皮と頭蓋を絶えず切り裂いていた。しかし、飽くことのない業の迷いに歪められた彼の目には、その回転する苦悶が、咲き誇る青い蓮の見事な花冠と映った。「友よ、その見事な蓮の花冠を私にくれ!」と叫び、彼は剃刀の輪を喜び勇んで掴み、自分の頭に押し付けた。
途切れた対話
そのとき菩薩は若い天子の姿をとってウッサダ地獄へ降りてきた。ミッタヴィンダカはその姿を見て叫んだ。「私がどのような悪を犯して、天の呪いを招き、哀れなこの頭がこの回る拷問の輪によって絶えず裂かれねばならないのか。」菩薩は彼に問うた。「喜びと安楽の住処、真珠や水晶、金銀に輝く広間を捨てて、このような陰鬱な光景へ、いったい何があなたを導いたのか。」
ミッタヴィンダカは答えた。「この貧しい世界が示すものよりも、はるかに満ち足りた喜びを得られると私は考えていた。その思いこそが私の破滅となり、この悲しみの光景へと私を導いたのだ。」
菩薩は語られた。「四から八へ、そこから十六へ、そして三十二へと、飽くなき貪欲は増していく。かくして貪欲な魂よ、あなたは次々と導かれ、ついにはこの輪を頭上に戴く運命となった。欲望に従い、飽くことを知らず、なおも多くを求める者は皆、同じ道をたどる。彼らは貪欲の道を広げて歩み、あなたと同じく、この輪を自らの頭上に戴くのだ。」
しかしミッタヴィンダカが語り終える前に、輪が落ちてきて彼を押し潰し、もはや言葉を発することはできなかった。菩薩はただちに自らの天の住処へと帰られた。
師による本生の特定
教えを語り終えた師は、この生の関係を明らかにされた。「そのとき、この不従順な比丘はミッタヴィンダカであり、私自身が若い天子であった。」
法義の洞察:この物語が際立つ理由
この本生もまた般若波羅蜜(智慧の完成)を示すが、エーカニパータ第82話の同系の物語よりも鋭く、今日の過ちに応えるものである。かの物語では、師は自分の判断にのみ固執する比丘を戒められた。ここでは、不従順な比丘は十四の僧団の務め、八十の大いなる務め、十三の頭陀行を懇切に教えられながら、それらすべてをきっぱりと拒んでいる。過去世の語りもそれに応じている。遠くの天界の王が一つの結びの偈を述べるのではなく、ここでは菩薩自らが若い天子として降り、ミッタヴィンダカに直接問いかけ、五つの偈を完全な対話として唱える。また、緩やかで定かでない苦しみではなく、より厳しい不従順への、より厳しい果報として、輪は彼の言葉の途中で即座に打ち砕く。二つの本生は一つの古い物語の幹から出ており、それぞれが仏陀の前にいた聴衆に正確に合わせられている。
ご存知でしたか?
『ジャータカ』五集に収められたミッタヴィンダカ物語群の五回目の出現である。
頭を刻む剃刀の鉄輪が美しい蓮華の花冠に見える描写は、執着と貪欲がもたらす恐るべき認識の狂気を象徴する。
実の親に暴力を振るう行為は仏教倫理において五逆罪に比肩する大罪であり、即座の業報を招く。
ウッサダ地獄は無間地獄(阿鼻地獄)の周囲を取り囲む副地獄で、鋭利な刃物による過酷な責め苦を特徴とする。
渇愛(タンハー)が人間をいかに盲目にし、破滅の道具すら魅力的に見せかけるかを鮮烈に描く。
