美しい顔に心を乱された比丘
釈尊は祇園精舎に滞在しておられたとき、小部経典『ジャータカ』第310話を説かれた。それは、ある比丘が法への喜びを失ったことにまつわる話であった。彼はシャーヴァスティー市で托鉢中に、美しい女性を見かけたのである。師は、その比丘が清浄な修行生活に実際に不満を抱くようになっていることを確かめられた。そして、昔の賢者たちも同じような試練に直面したことを思い起こさせた。王室の祭官という高い地位を申し出られても、彼らはきっぱりと断り、代わりに苦行の道を選んだのである。釈尊はこの物語を語って、その真実を示された。
王子と共に育つ
バーラーナシーで王が治めていた時代、王家の祭官には一人の息子がいた。その息子は、王妃が次の王位継承者となる王子を産んだのと同じ日に生まれた。この祭官の息子こそ菩薩である。生まれたときから、菩薩と幼い王子は乳母の手で等しく育てられた。二人は同じ装身具を身につけ、同じ食事を取り、宮殿のあらゆる安楽を分かち合った。成長すると、二人はともに名高いタッカシラーの学堂へ学びに送られた。少年時代の親密さは、そこで揺るぎない生涯の友情へと育っていった。
友が王となる
時が流れ、老いた王は息子を副王に任じた。ほどなくしてその若者は、父に代わって王座に就いた。菩薩は自らの立場を慎重に考えた。いま王となった愛する友は、やがて必ず自分を探し求め、機会が与えられた今こそ、父の後を継ぐ王室祭官という高貴で安楽な職を授けるにちがいない、と。
宮廷ではなく森を選ぶ
しかし、さらに思いを深めると、菩薩は、どれほど名誉あるものであっても在家の生活のいかなる部分も望まないことに気づいた。その代わりに、世俗を完全に捨てる決意をした。国王に知らせることなく、彼は静かにヒマラヤの荒野へと去り、出家の修行者として生きた。たゆまぬ修行を通じて、禅定の高い神通力と境地を身につけ、どの宮廷からも遠く離れた深い孤独のうちに暮らした。
王が友を思い出す
新しい王が治世に落ち着いたとき、彼は昔の友を思い出した。その友を呼び戻し、菩薩がかつて期待していた職、すなわち王室祭官の務めを果たさせようと決意した。彼は信頼する重臣、サイハという名の人物を森へ遣わした。サイハの使命は、修行者を見つけ出し、ベナレスに戻って栄誉ある地位を受けるよう説き伏せることであった。
サイハの繰り返された懇願
サイハはヒマラヤの荒野に分け入り、菩薩が庵で質素に暮らしている姿を見いだした。彼は王の願いを伝えた。すなわち、友が戻り、王室祭官という、富と安楽と宮廷における高い地位を備えた職に上げられることである。菩薩がすぐには同意しなかったので、サイハは幾度も幾度も説いた。そうした名誉を取り逃がさぬようにと、彼は強く求めた。
修行者の拒絶の偈
これに応えて、菩薩はこの本生が語り継がれる理由となった偈を唱えた。地上のいかなる王座も、どれほど広大であろうと、周囲を海に守られていようと、彼をそのような恥辱へ誘惑することはできない、と。そこに表された富と名声への渇愛は、ただ人を来世において苦しみへと導くだけである、と彼は説いた。むしろ、家を持たず、鉢を手にして、一軒一軒乞食をしながら大地を歩むほうがはるかに良い、と宣言した。王や大臣として座し、罪深い欲望の虜となり、不正な統治の重荷を負い、守るべき人々を苦しめるよりは、はるかに優れている、と。
大臣、空しく帰る
この毅然とした、熟慮の末の拒絶を聞いて、サイハは、もはやどんな説得によっても友を選んだ道から引き戻すことはできないと悟った。彼はベナレスへ戻り、王に報告した。菩薩は、どれほど善意からの申し出であろうと、いかなる地位や富の提示にも動かされなかったのである。
釈尊による同定
物語を結ぶにあたり、釈尊は、その中の登場人物を御自身の時代の人々と重ね合わされた。王は、かつて菩薩と幼少期を共にしたアーナンダであった。大臣サイハは、王の招きを森へ携えていったサーリプッタであった。釈尊御自身は、差し出されたあらゆる世俗の栄誉を退け、出家の生活を選んだ祭官の息子であった。
王座よりも長く生きた教え
このジャータカ第310話は、シャーヴァスティーで比丘の心を乱したまさにその誘惑への、直接の答えとして今に伝わっている。それは、美しさ、安楽、地位の魅力を、出離というより静かで、より困難な道と対置させた。菩薩の拒絶は、王たる友への恨みから生じたものではなかった。また、名誉への無関心から生じたものでもなかった。祭官の職の安楽は、王位そのものの安楽と同じく、家を持たない簡素な生活にはない束縛と誘惑を伴うことを、澄んだ目で見抜いたことから生じたのである。釈尊は、この古い拒絶を、心の沈んだ比丘に、古くからの真理の証として示された。世俗の生活への最も魅惑的な誘いさえも、渇愛からの自由を、世界がどのような王座や名誉を与えようとも、それより貴いものとみなす人々によって、すでに見抜かれ退けられてきたのである。
ご存知でしたか?
典拠は小部経典『ジャータカ』の第310話で、祇園精舎において、美しい女性を見て心を乱された比丘のために説かれた。
サイハは菩薩を連れ戻すために遣わされた王室の重臣であり、幼馴染みが後に宰相になった人物ではない。
菩薩は国王の王室祭官の子であり、誕生の日から王子と共に育てられた。
王は菩薩に、亡き父の王室祭官の職を授けようとしたのであり、国政を担う宰相の地位ではなかった。
釈尊は、王をアーナンダ、サイハをサーリプッタ、そして拒んだ祭官の子を御自身と同定された。
