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Embroidered artwork for スマンガラ本生譚:園丁の過失と忍辱の王: Embroidered Buddha seated in meditation on a pink lotus, with a golden dharma wheel and a white stupa in the mountains

スマンガラ本生譚:園丁の過失と忍辱の王

公園の番人は薄暮に独覚仏を鹿と取り違え、王は怒りが収まるまで沈黙を守り、三年目にその男を赦す。

王を諫めることをめぐる枠物語

『パーリ聖典』のジャータカ第420話は、コーサラ国の王が、王はどのように自らを戒めるべきかについて教えを求めたときに、ジェータヴァナにて仏陀によって語られたものである。その答えとして仏陀は、前世におけるスマンガラという名の公園の番人の古い物語を思い起こされた。

一人の王と、迎え入れた聖なる客人

その前世において、ブラフマダッタ王がバーラーナシーを治めており、菩薩は王の第一王妃の子として生まれた。父王の死去により菩薩は王位に就き、惜しみなく施しを行った。ある日、ナンダムーラ洞窟から一人の独覚仏(師の教団をたてることなく、ただ独りで悟りに至った者)がバーラーナシーに来て、王室の御苑に滞在された。王は、町で托鉢する姿を見て、宮殿に招き入れて玉座に座らせ、上等の食事を供した。その比丘が御苑に留まってくれることを喜んだ王は、再びそこへ戻ってくることを約束させ、公園の番人スマンガラを侍者として任命した。

家に客を迎え、夕闇に狩りをする

ある日、独覚仏はスマンガラに、数日のあいだ村へ行くことを告げ、王にそのことを伝えるよう頼まれた。数日後、独覚仏は日没の後の夕方に御苑へ戻られた。スマンガラは戻られたことを知らず、すでに家へ帰っていた。その同じ日、スマンガラの家には見知らぬ人々が訪れており、彼らのために食事を用意しようと、弓を手にして御苑へ入り、飼いならされた鹿を仕留めようとした。

夕闇の中で取り違えられた姿

薄れゆく光の中で、スマンガラは動かず座っている姿を見つけた。それを大きな鹿と思い込み、矢を放った。

咎めのない死

独覚仏は頭を覆いから現し、番人の名を呼ばれた。驚いたスマンガラは赦しを請い、戻られたことを知らなかったのだと説明した。独覚仏はただ、矢を抜いてほしいとだけ求められた。スマンガラは礼拝して矢を抜き、独覚仏は大きな苦痛のうちに、その場で涅槃に入られた。

王に向き合うより逃れた侍者

王が赦してくれないことを恐れたスマンガラは、妻と子どもたちを連れて逃げた。独覚仏の力によって、その入滅のことは町全体に知れ渡った。翌日、御苑に入った人々が遺体を見つけ、スマンガラが罪を犯して逃げたと王に告げた。王は大勢の供を伴ってやって来て、七日のあいだ遺体を敬い、遺骨を取って、その上に塔を建て、その後も正法をもって統治を続けられた。

怒りに判断をゆだねなかった王

一年の後、スマンガラは王の心を知りたいと望み、一人の大臣にそれを探らせるよう頼んだ。大臣は王の前でスマンガラを褒めたが、王は何も答えなかった。大臣はスマンガラに、王がまだ不満であることを伝えた。もう一年が経っても同じことが起こった。三年目、スマンガラは妻と子どもたちとともに来た。大臣は王の心が静まったことを察し、彼を宮殿の門に立たせて、王に来訪を告げた。

帰還と赦し

王は彼を呼び寄せ、迎え入れ、なぜ独覚仏を殺したのかと問うた。その独覚仏を通じて王は功徳を積んでいたのである。スマンガラは、殺すつもりなど決してなかったのだと言い、起きたことを語った。王は恐れることはないと告げ、彼を赦し、公園の番人の職に戻した。その後、大臣は、スマンガラが二度褒められたときには王が沈黙を守り、三度目に呼び寄せたのはなぜかと尋ねた。王は、統治者は怒りにまかせて軽々しく振る舞ってはならないと答えた。自らの怒りが静まったと知るまで、王は沈黙を守っていたのである。

仏陀による登場人物の明示

王が自らの言葉として六つの偈に記したところによれば、統治者は怒っているあいだに罰の杖を振るってはならず、事の次第を理解してからのみ裁きを下すべきであり、その罰は慈悲から生じなければならない。スマンガラは王に、三つの偈で祝福を返した。物語の結びで仏陀は、涅槃に入られた独覚仏はご自身であったこと、スマンガラはアーナンダであったこと、そして王は自分自身であったことを明かされた。

一本の悲劇の矢を超えて続いた教え

王の自制が示したものは、その悲劇が重要ではなかったということでは決してない。性急な報復は、狙いを定めた相手に届くずっと前に、統治者自身の判断を毒する。忍耐強い見極めは、真理に至るまでどれほど時間がかかろうとも、正しい王が切り裂かれることなく戴くことのできる唯一の冠であり続ける。

王が沈黙を守った理由

王が待ったのは、起きたことを疑っていたからではない。怒りのうちに下された命令は、後で悔やむことになるかもしれないと知っていたからである。二度、王はスマンガラへの賞賛に沈黙をもって応じた。自らの怒りが過ぎ去ったと知ったときにのみ、番人を呼び寄せ、完全に赦して、その職を返したのである。沈黙においても赦しにおいても、菩薩は決定を怒りにではなく、静けさにゆだねさせたのである。

ご存知でしたか?

スマンガラ本生(第420話)は、裁きにおける節度と、怒りのうちに罰してはならないという統治者の心構えを示す。

王自身が六つの偈で教える。怒りのうちに打ってはならず、事の次第を理解してから裁き、罰は慈悲から生じるべきである。

独覚仏は番人の名だけを呼び、矢を抜くよう頼まれる。報復なき不殺生と赦しを静かに描く場面である。

スマンガラは三年にわたり大臣を通じて王の心を探る。王は怒りが鎮まるまで沈黙を守り、のちに赦して番人の職に戻す。

殺すつもりはなかったというスマンガラの訴えは、行為を判断するにあたって仏教が重んじる意図(セータナー、思)の強調を映している。

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