Bharat Devotion
Embroidered artwork for スシーマ本生譚:白髪と返された王冠: Embroidered Buddha seated in meditation on a pink lotus, with a golden dharma wheel and a white stupa in the mountains

スシーマ本生譚:白髪と返された王冠

母后の命を救うため王位を授かった菩薩スシーマは、太后の白髪の計らいによって老いの現実に目覚め、ヒマラヤへと旅立つ。

法堂での語らい

仏陀はジェータヴァナでこの物語を語られた。これは『小部』(クッダカ・ニカーヤ)のパーリ語ジャータカ集に収められる、第411話のスシーマ本生譚であり、その詩句は、物語を伝える注釈とともに保存されている。比丘たちは法堂に集まり、大出家を讃えて語り合っていた。それは師が王宮と在家の生活を後にされた日である。仏陀が入ってこられ、彼らが何を語っていたのかを知られると、ご自身の出家は、この一生だけの不思議ではないと告げられた。はるか昔の時代に、広大なカーシ国の統治をもまた捨てられたのだと言われ、その生涯を語られた。

同じ日に生まれた二人の少年

はるか昔、ブラフマダッタがバーラーナシーを治めていたとき、菩薩は王の司祭の息子として、その第一夫人から生まれ、スシーマと名づけられた。同じ日に、王自身の息子も生まれた。二人の少年は共に育てられ、同じように教えを受け、ともにタッカシラーへ学びに行った。学びとともに二人の友情も深まり、それぞれが相手を兄弟のように思うようになった。

司祭と若い王

ブラフマダッタ王が世を去ると、その息子が王位に就いた。新しい王は、少年時代の仲間を思い出し、宮廷で最も高い祭官の職である司祭の位をスシーマに授けた。一方で、王権は自分の手に保った。二人の友は並んで王国に仕え、民は二人をともに慕った。

太后の思慕

老王の未亡人であり、新王の母である太后は、ある日、スシーマが王家の象に乗って壮麗な行列を進むのを見かけた。その立ち姿に、彼女の心は奪われた。最初は誰にも話さなかった。床に伏して病を装い、若い王が何の病かを問いに来ると、ついに心の内を打ち明けた。スシーマが自分のものにならなければ、回復することはないと。

母のために差し出された王冠

王は母を愛し、その命を案じた。王は友のもとへ行き、並外れた申し出をした。スシーマが王位に就き、太后を第一の妃として迎えればよい。自分は王座を降りて副王として仕えよう、と。菩薩はそれを望まなかった。その心はすでに聖なる生活の静けさへと傾いていた。しかし、拒めば一つの命が失われるように思われ、友は懇願した。そこで菩薩はしぶしぶ同意し、バーラーナシーの王として灌頂を受けた。

平安のない王国

王位はスシーマに喜びを与えなかった。彼は王冠を戴き、裁きを行ったが、その思いは絶えず在家の生活から離れていき、太后や宮廷の快楽からは距離を置いていた。太后はそれを見て心を痛めた。望んでいた夫を得たにもかかわらず、彼を引き留めることはできなかったのである。そして彼女は、その心をどうにかして転じさせる方法を考え始めた。

一本の白髪

ある日、菩薩が彼女のそばに座り、彼女が髪を整えていると、彼女は、彼の頭に白髪を見つけたと叫んだ。それを抜き取り、彼の掌に置いた。実のところ、彼女は彼の黒い髪の代わりに、自分の白髪の一本を忍ばせていたのである。それを見てスシーマは心を揺さぶられた。これは老いが自分にも迫っていることの最初の兆しであり、若さがどれほど短いものであったかを悟った。その瞬間、彼の心は定まった。

乙女の年月をめぐる詩句

彼は、かつて黒かった髪が白くなったと歌い、今こそ聖なる生活のときであると告げる詩句を唱えた。太后は、自分の計らいが彼を近づけるのではなく遠ざけてしまったことに驚き、その計らいを認めた。その髪は自分自身のものであり、どうか若さのうちに留まり、王国を楽しみ、自分のもとを去らないでほしいと懇願した。菩薩は、美しい乙女が年月によって少しずつ変わっていくさまを説いて答えた。八十年か九十年の後には、同じ身体が曲がり、震え、疲れ果てる。あらゆる形が衰えていくことを見たからには、在家の生活はもはや自分を喜ばせない、そして賢者はそれを断ち切るのだ、と。

返された王冠

スシーマは王国を友に返した。母のためにそれを手放していた若い王に、である。家族と宮廷の人々は泣き、留まってくれるよう懇願したが、彼の決意は固かった。彼はヒマラヤへ向かい、苦行者の衣をまとい、そこで禅定の境地を培った。命が終わると、彼は梵天界に生まれた。

仏陀による前世の特定

教えの終わりに、仏陀は、その生まれを明かされた。その時代の太后はラーフラの母、すなわち仏陀ご自身の息子の母であった。若い王はアーナンダであった。そして、聖なる生活のために王位を捨てたスシーマは、仏陀ご自身であった。

王座を超えて残る教え

この物語は、心がその意味を見ることに備えているならば、解脱への願いは、一本の白髪というごくわずかなものからでさえ生じうることを示している。また、出家が自由に選ばれたものであることも示している。王国は差し出され、親切のために受け取られ、そして、それを与えてくれた友のもとへ、そのまま返された。スシーマは怒りや太后への苦い思いを抱いて去ったのではない。彼が悟ったからこそ去ったのである。何世紀も後に、比丘たちが法堂で讃えていた仏陀ご自身の出家は、まさにその同じ悟りが完成へと運ばれたものであった。

ご存知でしたか?

スシーマ本生譚(#411)はパーリ聖典の『小部』に収められた第411番の本生で、コーウェルの英訳第3巻に収録されている。

前置きの物語では、比丘たちが真理の講堂で仏陀の大出離を讃えており、仏陀は自身も以前にカーシー国を捨てたことがあると答えられる。

菩薩と王子は同じ日に生まれ、のちに王は母の命を救うため、友に王冠を譲る提案をする。

物語の転換点は一本の白髪であり、太后は自分の頭から抜いたその髪を、菩薩のものだと偽って示した。

結びの識別では、太后はラーフラの母、若い王はアーナンダ、スシーマは仏陀自身とされる。

More from बौद्ध धर्म

関連する教え

同じ教えが、様々な伝統の中に響き渡る