比丘たちの井戸のジャッカル
ベナレス近郊のイシパタナにおいて、仏陀は、井戸から水を汲んで暮らす比丘の僧団のもとに滞在しておられました。一匹のジャッカルがその井戸を汚し、そのたびに逃げ去っていたのです。パーリ聖典の本生経第271話がこの出来事を伝えており、本稿の語り直しはその経文に従っています。物語は短く簡素ですが、多くの人にとって聞き入れがたい教えを含んでいます。
沙弥たちと泥の塊
比丘たちには、ジャッカルを止める容易な方法がありませんでした。ある日、沙弥たちが土の塊を投げつけ、その場所をジャッカルにとって居心地の悪いものにしました。その後、ジャッカルは二度と井戸の近くに寄りつかなくなりました。この記述には、いかなる残虐さも描かれていません。ただ、沙弥たちがそこを不快な場所にし、その動物が戻ってこなかったと述べているだけです。
法堂での語らい
比丘たちはこの出来事を耳にし、法を語り合うために集まる法堂で話し始めました。彼らは、沙弥たちが土の塊で追い払ってからというもの、かつて自分たちの井戸を汚していたジャッカルが戻ってこない、と語りました。仏陀が入ってこられ、彼らが座って何を話しているのかを尋ねられました。彼らがそれを告げると、仏陀は、このジャッカルが井戸を汚したのは今回が初めてではない、以前にも同じことをしたのだ、と答えられました。そして仏陀は、遠い昔の物語を語られました。
同じ場所、遠い昔
かつて、ベナレス近郊の同じイシパタナという場所に、まさにその井戸がありました。その時、菩薩は善き家に生まれていました。成長すると、出家の生活に入り、弟子の一団とともにイシパタナで暮らしました。苦行者たちは、仏陀の時代の比丘たちと同じように、その井戸から水を汲んでいました。ある一匹のジャッカルが、今の物語と同じように井戸を汚し、そして逃げ去りました。
ジャッカルが捕らえられる
ある日、苦行者たちはそのジャッカルを取り囲みました。どうにかして捕らえた彼らは、ジャッカルを菩薩の前へ連れて行きました。苦行者たちは自ら罰を与えはしませんでした。彼らはジャッカルを、判断をくだすために指導者のもとへ連れて行ったのです。この場面は小さなものですが、僧団が、行動をとる前に誤りを最も賢い者へ委ねる様子を示しています。
菩薩の問い
菩薩は最初の詩節で、ジャッカルに語りかけられました。この井戸は、その林の空き地に長く隠棲していた森の苦行者によってつくられたものである、と。あの人がこれほど苦労し、骨を折って造った井戸を、なぜジャッカルは汚そうとしたのか、と問われたのです。その問いは穏やかであり、怒りをもって責め立てるものではありません。井戸を造った者がそれにどれほどの代償を払ったかを示し、ジャッカルに自らの行いを見つめるよう求めるものです。
ジャッカルの言い訳と応答
ジャッカルは第二の詩節で答えました。水を飲んだ後にその場所を汚すことは、ジャッカルという種族の掟である、と。父や祖父もずっとそうしてきたのだから、非難されるいわれはない、と言ったのです。菩薩は第三の詩節で応じられました。それがジャッカルの掟であるなら、その無法は一体何なのか、と。善い行いと悪い行いの双方によって、このジャッカルを見るのもこれが最後であることを願う、と。そして菩薩は彼を戒め、二度とそこへ行ってはならないと告げられました。それ以後、ジャッカルは井戸を見やることさえしなくなりました。
仏陀による前世の同定
仏陀は説法を終えられると、諦(真理)を宣べ、前世を明かされました。井戸を汚したジャッカルは、どちらの生においても同一の者であった、と。仏陀ご自身は、その苦行者の一団の長であられたのです。
言い訳を超えて残った教え
ジャッカルの弁明は、世で最も古いものの一つです。昔からこうしてきたのだから、誰も文句を言ってはならない、というものです。菩薩はジャッカルの慣習について論じはしません。その言い訳がいかに空虚であるかを示す乾いた問いで応じられます。共有の井戸を汚すという慣習は、それ自体すでに掟の正反対だからです。信仰する者にとって教えは明白です。習慣は古いからといって正しくなるのではなく、共有の井戸に対してなされた悪は、水を必要とする誰もを害するのです。菩薩の慈しみもまた注目に値します。菩薩は問い、戒め、そしてジャッカルを去らせるのです。
ご存知でしたか?
パーリ本生集の第271話は、イシパタナで修行僧の井戸を汚した野干の話として語られる。
今生の物語では、沙弥たちが土塊で野干を追い払い、野干は二度と戻らなかった。
前生の物語では、仙人たちが野干を捕らえ、指導者である菩薩の前へ連れて行った。
野干の言い訳は、水を飲んだ後にその場所を汚すのが種族の掟であり、祖先も同じことをしていた、というものであった。
菩薩の返答は、もしこれが野干の掟であるなら、その無法とは何であろうか、と問う。
