シュリー・サイ・チャリサ
これは、19世紀から20世紀にかけてインドで生きた聖者、シルディ・サイ・ババへの信仰とその奇跡を詠んだ詩集です。彼の出自の謎、人々への慈愛、そして全ての宗教を超えた教えが美しく描かれています。
Verses
まず、私はサイ様の御足に頭を下げます。どのようにしてシルディにサイ様が来られたのか、その全ての事情を私は語りましょう。
節 1
誰が母で、誰が父か、それは誰も知らなかった。サイ様はどこで生を受けられたのか、その疑問は謎のままであった。
節 2
ある者は言う、これはアヨーディヤーのラーマチャンドラ神であると。ある者は言う、サイババは風の子ハヌマーンであると。
節 3
ある者は言う、吉祥の御姿、シュリー・ガジャーナンがサイ様であると。ある者は言う、ゴークルの魅惑者、デーヴァキーの御子がサイ様であると。
節 4
多くの信者はシヴァ神と思い、ババを唱え続けた。ある者はダッタの化身と言い、サイ様の礼拝を行った。
節 5
あなたがたが何と信じようとも、サイ様は真実の神である。大いなる慈悲深き方、哀れな者の友、多くの人に命の贈り物を与えられた。
節 6
それは何年も前の出来事、私はあなたにその話をしましょう。ある幸運な者の婚礼の一行がシルディにやって来た。
節 7
その一行に伴って、一人の非常に美しい少年が来た。来て、そこに留まり、聖なるシルディの町を清められた。
節 8
何日も彷徨い、戸ごとに施しを乞うた。そしてそのような奇跡を示され、世に不朽のものとなった。
節 9
年を重ねるにつれて、その威光も増していった。町中の家々でサイババの賛美が歌われるようになった。
節 10
四方八方にサイ様の御名が響き渡った。哀れな者、苦しむ者を守ることがババの御業であった。
節 11
ババの御足のもとに来て「私は貧しいです」と言う者には、彼に慈悲が注がれ、苦しみの束縛が解かれた。
節 12
ある時、ある人が「ババよ、私に子孫をお与えください」と施しを乞うた。するとサイ様は「しかり」と言って、その人に祝福を与えられた。
節 13
ババ自身が悲しまれた、哀れな苦しむ人々の様子を見て。サイ様の御心は大海のように広大であった。
節 14
マドラスから一人の信者が来た。家は非常に裕福で、財宝は計り知れなかったが、ただ子孫だけがいなかった。
節 15
彼はサイナートをなだめ始めた。「ババよ、私に慈悲をおかけください。嵐に揺れる小船を、どうか私を渡らせてください。」
節 16
「家系の灯がないのに、富の幻は無意味です。今日、私は物乞いとなってババよ、あなたの御許に来ました。」
節 17
「私に息子の贈り物をお与えください。私は一生あなたに恩義があります。他の誰にも望みはなく、ただあなたにのみ信頼を置いています。」
節 18
彼は頭を御足に置いて、多くの懇願と嘆願をした。するとババは喜ばれ、信者にこの祝福を与えられた。
節 19
「アッラーがあなたを良くしてくださるだろう。あなたの家に息子が生まれる。彼の慈悲があなたとその子に注がれるだろう。」
節 20
これまで誰もサイの慈悲の限界を知ることはできなかった。マドラスの人に宝玉の子を与え、彼の世界を祝福された。
節 21
心身を込めて唱える者の救済が世の中で起こる。真実には害はなく、偽りは常に敗北する。
節 22
私は常に彼の支えの中にあり、常に彼の僕であり続ける。サイのような主を得たのだから、これほど十分な望みが他にあろうか。
節 23
私にもかつて、パンさえも得られない日があった。体には衣服もなく、小さな腰布だけが残っていた。
節 24
川が目の前にあるにもかかわらず、私は渇きに渇いていた。私の不運な日々は、私の上に火の雨を降らせていた。
節 25
大地の他に、この世に私の支えは何もなかった。私は世の中で物乞いとなり、戸ごとに打ちのめされていた。
節 26
そんな中、一人の友に出会った。彼はサイの熱心な信者であった。煩わしさからは自由だったが、この世では私と同じような者だった。
節 27
ババの御姿を拝むために、二人は相談した。慈悲の化身であるサイ様を拝む準備が整った。
節 28
聖なるシルディの町に行き、酔い痴れた御姿を見た。私たちがサイ様の御顔を見たとき、生まれたことが祝福された。
節 29
私たちが御姿を拝んでから、全ての苦しみは消え去った。全ての困難は消え、災難は終わった。
節 30
名誉と尊敬を得た、ババからの施しとして。私たちはサイ様の輝きによって世に映し出された。
節 31
ババはこの人生に名誉を与え、尊厳を与えてくださった。その支えを持って、私は人生を笑顔で歩んでいこう。
節 32
サイ様の奇跡は私の心にそのような影響を与えた。この世の一粒一粒に、彼が満ちているように感じられる。
節 33
「カーシーラーム」というババの信者が、このシルディに住んでいた。「私はサイのもの、サイは私のもの」と彼は世に語っていた。
節 34
彼自身が布を売っていた、村や町の市場で。彼の心の弦は、サイ様の響きの中で震えていた。
節 35
夜は静まり、皆眠っていた。夜空の端には月と星々。闇のために手と手も見えなかった。
節 36
布を売って帰って来ていた、ああ、市場から「カーシー」が。奇妙な大きな偶然で、その日彼は一人だった。
節 37
道に立ちはだかった、彼を邪悪で不正な者たちが。「打て、切れ、奪え」という声が聞こえた。
節 38
彼を略奪し打ちのめして、邪悪な者たちはそこから逃げ去った。打撃に深く傷つき、彼は意識を失った。
節 39
長い間、彼はそのままの状態で横たわっていた。いつ、どの瞬間に意識が戻ったのかは分からない。
節 40
無意識のうちに彼の口から「サイ」という言葉が漏れた。その反響がシルディでババに聞こえた。
節 41
彼の心はかき乱され、ババは動揺し始めた。まるで全ての出来事が彼の目の前で起こったかのようだった。
節 42
狂人のようにあちこちと、ババは彷徨い始めた。目の前にあるもの全てを、彼は投げ始めた。
節 43
そして燃える炭の中に、ババは手を入れた。皆は驚愕した、その異様なタンダヴの舞を見て。
節 44
全ての人々は悟った、誰かの信者が危機にあると。皆はそこに立って動揺し、驚きの中にあった。
節 45
彼を救うためだけに、ババは今日動揺している。彼の苦しみそのものに苦しみ、ババの内奥は痛んでいる。
節 46
その時、運命がその奇妙さを示した。それを見て人々の信仰の川が波立った。
節 47
意識を失った信者を乗せて、一台の車がそこに来た。目の前に信者を見て、サイ様の目は涙で溢れた。
節 48
静かで、忍耐強く、深遠な海のようなババの内奥。今日はなぜか、繰り返し揺れ動いていた。
節 49
今日、慈悲の化身ご自身が治療者となられた。そして信者のために、今日は神が門番となられた。
節 50
今日、信仰の厳しい試練に、カーシーは成功した。彼を拝むために、町の住民が溢れ出た。
節 51
いつでもどこでも、誰か信者が危機に陥るとき、彼を救うためにババは瞬時に来られる。
節 52
これは世々の真理であり、新しい話ではない。危機に陥った信者がいるとき、内なる神ご自身が来られる。
節 53
差別を超えた祭司、人道そのものであったサイ様。ヒンドゥー教徒、イスラム教徒が愛しいのと同じくらい、シク教徒、キリスト教徒も愛された。
節 54
寺院とモスクの差別を、ババは打ち壊して捨てられた。ラーマもラヒームも全て彼のものであり、クリシュナもカリームもアッラータアラーも。
節 55
鐘の反響で、モスクの隅々が響き渡った。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が互いに交わり、愛は日ごとに倍増した。
節 56
奇跡はなんと美しかったことか、この体が示した。そしてニームの苦味の中にも、ババは甘さを満たされた。
節 57
サイ様は全ての人に愛情を与え、全ての人に等しく愛された。誰でも望むものを、ババはその人に与えられた。
節 58
そのような愛情深い寛大な方の御名を、常に唱える者は、山のような苦しみがあっても、瞬時にそれは去る。
節 59
サイのような施し主を、私たちは他に見たことがない。その御姿を拝むだけで、全ての災難が去ってしまう。
節 60
体にサイを、心にサイを、サイ・サイと唱えなさい。自分の体の意識を失って、彼の想いを抱きなさい。
節 61
あなたが自分の意識を捨てて、ババの想いを抱くとき、そして昼夜ババ、ババだけを唱えるとき、
節 62
その時ババは、ああ、やむを得ずあなたのことを想わねばならなくなる。あなたの全ての願いを、ババは叶えねばならなくなる。
節 63
狂ったように森から森へ彷徨い、ババを探すな。ただ一つの場所、シルディでのみ、あなたはババを見出すだろう。
節 64
世の中で祝福された者は、ババを得た者である。苦しみの中でも喜びの中でも、八刻の間、サイ様の賛美を歌う。
節 65
苦難の山が崩れ落ちようと、稲妻が落ちようと、常にサイの御名を取って、全ての前に立ちはだかれ。
節 66
この老いた者の不思議な業を聞け、あなたは驚嘆するだろう。それを聞いて呆然とした、どれほど多くの賢者がいたことか。
節 67
ある時、シルディに一人の偽の修行者が来た。純真な町の住民たちを惑わしていた。
節 68
彼らに薬草を見せて、そこで演説を始めた。「聴衆の皆さん、私の家はヴリンダーヴァンにあります」と言った。
節 69
「私の手元に一つの薬があります。その中には驚くべき力があります。これを服用するだけで、苦しみから解放されます。」
節 70
「もしあなた方が苦難や病気から解放されたいなら、私の謙虚なお願いがあります。全ての男性、全ての女性に。」
節 71
「これを買いなさい。その服用方法は特別です。たとえ取るに足らない品でも、その効能は非常に大きい。」
節 72
「ここに子孫に恵まれない者がいるなら、私の薬を食べなさい。息子という宝玉を得て、ああ、望み通りの結果を得るでしょう。」
節 73
「私の薬を買わない者は、一生後悔するでしょう。私のような者は、おそらくここには二度と来ないでしょう。」
節 74
「世の中は二日間の祭りです。あなたも楽しみを味わいなさい。もしこれで全てが得られるなら、あなたもこれを取りなさい。」
節 75
人々の驚きは増した、彼の手際を見て。彼自身も心の中で喜んでいた、人々の愚かさを見て。
節 76
一人の召使いが走ってババにこの知らせを伝えた。聞いて眉をひそめ、全ての分別は忘れ去られた。
節 77
召使いに命令した。「すぐにその悪党を捕まえて連れて来い。さもなくばシルディの境界から、その偽善者を追い出せ。」
節 78
「私がいるのに、純真なシルディの人々を、誰がそのような卑劣な者で、欺く勇気があるのか。」
節 79
「瞬時にそのような偽善者、偽り者、卑劣な略奪者を、大いなる破滅の深い穴に、生涯送り込んでやろう。」
節 80
少しでも気配を感じた、その残酷で邪悪な不正な詐欺師は。「今や死が頭上で舞っている、サイ様が怒られた。」
節 81
瞬時に全ての芝居をやめ、頭に足を載せて逃げた。心の中で思っていた、「もう神様、助からない。」
節 82
真実、サイのような施し主は、世の中では得られないだろう。神の一部であるサイババには、世の中で何も難しいことはない。
節 83
愛情、柔和、親切などの装飾品を身に着けて、この世で人道奉仕の道を歩む者こそ、
節 84
その者は世の中の全ての人々の心を勝ち取る。彼の一つの悲しみだけで、世は動揺する。
節 85
世に罪の重荷が増え増えていくとき、それを取り除くためにこそ、化身が来られる。
節 86
この世の全ての罪と不正を取り除き、世の中の悪魔を瞬時に追い払う。
節 87
愛情の甘露の流れが、この世に降り注ぎ始める。人々は互いに抱き合い、互いに交わる。
節 88
そのような化身サイ様が、死の世界に来られて、平等のこの教えを教えられた、全てに自己を消し去って。
節 89
ドワールカーマスジッドという名を、シルディにサイ様は置かれた。誇り、熱、苦悩を消し去った、サイ様が来られたもの全てを。
節 90
常にラーマの記憶に酔い、サイ様は座っておられた。八刻の間、ラーマの御名を唱え続けておられたサイ様。
節 91
乾いたもの、粗いもの、新鮮なもの、古いもの、あるいは料理であっても、常に愛に飢えたサイ様にとって、全ては同じであった。
節 92
人々が愛情と信仰を持って何かを捧げると、ババはその食物を大きな喜びをもって清められた。
節 93
時々、心を慰めるために、ババは庭に行かれた。心の中で喜び、自然の美しさを眺めておられた。
節 94
庭の色とりどりの花々が、ゆっくりと揺れ動くことで、荒れた砂漠のような心にも、愛の水が満たされた。
節 95
そのような甘美な時でさえ、苦しみ、災難、不幸に打たれた人々が、自分の心の悩みを語るために、ババを取り囲んでいた。
節 96
彼らの哀れな話を聞いて、蓮の目のような御目が涙で溢れた。灰を与え、全ての苦しみを鎮め、彼らの胸に平安を満たされた。
節 97
その灰の中には、どんな不思議な力があったのだろうか。それを頭に付けると、全ての苦しみを取り除いた。
節 98
祝福された人々、彼らは直接ババ・サイ様の御姿を拝んだ。祝福された蓮の手、その手で御足の蓮を触れた。
節 99
ああ、もしあなたも恐れずに、直接サイ様に出会えたなら。何年も荒れ果てた我が花園が、今日再び咲き誇るだろうに。
節 100
もし私が御足を掴んで、一生離さなかったなら、必ず彼をなだめただろう、もしサイ様が私に怒られたとしても。
節 101
Worship Guidelines & Chanting Benefits (Phalashruti)
Daily or auspicious lunar days (Ekadashi, Purnima, Pradosham)
Brahma Muhurta (4:00 AM – 6:00 AM) or Evening Dusk (Sandhya)
Ghee lamp (Deepa), Incense (Dhoopa), Fresh flowers & Water offering
- Peace of mind, spiritual upliftment, and harmonious energy in the home
Background
この詩は、シルディ・サイ・ババを崇拝するインドの宗教的伝統に属するバジャン(信仰歌)の一種です。サイ・ババはヒンドゥー教とイスラム教の要素を調和させた聖者として知られ、その生涯は多くの逸話に包まれています。この詩は、彼の奇跡や教えを伝えるため、信者の間で詠み継がれてきました。正確な作者や成立年代は不明ですが、伝統的にサイ・ババの信仰の一環として用いられています。
ご存知でしたか?
出自の謎と多様な神格化
この詩では、サイ・ババの出自が全く不明であり、誰も両親や出生地を知らないことが述べられています。人々は彼をラーマ、ハヌマーン、ガネーシャ、クリシュナ、シヴァ、ダッタトレーヤなどの化身と見なし、多様な信仰を集めました。この神秘性がサイ・ババ崇拝の特徴の一つです。
マドラスの富豪への「アッラーが良きに計らう」という祝福
裕福だが子宝に恵まれなかったマドラス出身の男性が、サイ・ババに懇願します。ババは「アッラー・バラー・カレーガ(アッラーが良きに計らうだろう)」と祝福し、彼に息子が生まれました。このエピソードは、ババがヒンドゥー教徒にもイスラーム的な表現を用いて慈悲を与えた例です。
カーシーラームの救出とババの共感的苦悩
布を売るカーシーラームという信者が強盗に襲われ重傷を負いました。同時刻、シルディのババは激しい苦悩にかられ、陶酔したように動き回り、自らの手を炭火に差し入れるなど異様な行動を示します。これはババが信者の苦しみを自分のものとして感じる力(神通力)を象徴しています。
偽の聖者を追放したエピソード
ヴリンダーヴァンから来たと自称する偽の聖者が、シルディの村人に効能を謳った偽薬を売りつけようとしました。ババは怒り、「私がいるのに誰が無知な村人を欺くのか」と命じ、追い払わせます。この話はババが悪意から人々を守る守護者であることを示します。
宗教的調和とドワーカーマイ・マスジッド
サイ・ババはシルディのモスク(ドワーカーマイ・マスジッド)に住みながら、ヒンドゥー教とイスラーム教の融合を説きました。詩では、ババはラーマの名を唱えつつ、ヒンドゥーとムスリムの区別をなくし、全ての神を同一視しました。このモスクは現在も両宗教の信者にとって聖地となっています。
